暗号資産は、巨大なビジネスチャンスと同時に、それに匹敵する巨大なリスクを生み出してきた。過去10年で、ハッカーは盗難を通じて取引所やDeFiプラットフォームから数十億ドル規模の資産を奪い、個人の単純なミスが取り返しのつかない資金喪失につながり、ソフトウエアの不具合が市場全体の連鎖的な混乱を招いた事例もある。政府保証が付くことの多い銀行預金とは違い、暗号資産には本来的な「安全網」が存在しない。コインが盗まれたり、スマートコントラクトが悪用されたりしても、泣き寝入りせざるを得ないケースが少なくない。
こうしたなかで注目されているのが「暗号資産保険」だ。暗号資産保険とは、ウォレットや取引所、DeFiプロトコルなどが直面する盗難、ハッキング、スマートコントラクトのバグ、その他予期せぬトラブルによる損失をカバーするために設計された新しい保険商品の総称である。伝統的な保険の基本原理――多くの加入者でリスクをプールし、災害時の経済的打撃を平準化する――を、ブロックチェーンとデジタルトークンという新しい金融インフラに当てはめたものだ。
暗号資産保険への関心は、業界の成熟とともに急速に高まってきた。10年前、ビットコインなどの暗号資産に保険を掛けることはほぼ不可能だった。価格変動の激しさや技術の未知性、2014年のMt.Gox事件のような大型ハッキングの歴史が保険会社を尻込みさせていたからだ。しかし、暗号資産市場にロックされる価値が数兆ドル規模へと膨らみ、機関投資家が本格参入するに連れて、「保護」の需要は無視できないレベルに達した。
現在、暗号資産保険市場はまだ小さいものの、年間保険料ベースで数億ドル規模に達し、既存のサイバー保険市場を上回るペースで成長している。それでも、保険のカバレッジは需要に遠く及ばない。試算によれば、保険が掛けられている暗号資産は全体の約1%にすぎず、伝統的金融における資産保険の浸透率(約7%)に大きく見劣りする。この「保護ギャップ」は業界にとって深刻な課題であると同時に、大きなビジネスチャンスでもあり、ブロックチェーン系スタートアップから老舗保険会社まで、多様なプレーヤーが新たなソリューションの模索に動き出している。
本稿では、暗号資産保険とは何か、なぜ重要なのか、どのように発展してきたのかを整理する。初期の取引所カストディ保険から今日の分散型リスクプールまで、その歴史的な進化をたどるとともに、個人ウォレット、NFT、DeFiポジションなど暗号資産エコシステム各領域が抱えるリスクと、それに対する保険のカバー範囲を分析する。
具体的には、ロイズ・オブ・ロンドン系シンジケートやCoincoverなどの中央集権型プロバイダー、Nexus MutualやRisk Harborといった分散型モデルの双方を取り上げ、補償内容、保険金支払いプロセス、信頼性を比較検証する。また、米国、EU、アジア主要国の規制動向を手掛かりに、暗号資産のリスク開示や保険付保を巡る法的枠組みの整備状況を俯瞰する。最後に、資本効率の低さやオラクルリスクといった暗号資産保険特有の課題を整理し、パラメトリック保険、AIを活用したリスクモデル、レイヤー2との連携、さらなる機関投資家の参入など、今後この未成熟なセクターを変革し得るトレンドを展望する。
暗号資産保険とは何か、なぜ重要なのか
暗号資産保険を一言でまとめると、「暗号資産と、その特有のリスクに特化した保険」である。一般的な定義としては、「盗難、ハッキング、秘密鍵紛失などの事象に伴う損失から暗号資産保有者を保護するための専門保険」と言える。
実務レベルでは、その形態は多岐にわたる。ハッキングされた取引所やカストディアンからビットコインやイーサリアムが盗まれた場合に備える保険もあれば、DeFiにおけるスマートコントラクトの不具合やエクスプロイトを補償対象とするプロダクト、NFTやマイニング設備をカバーする商品も登場している。共通しているのは、取引所ハックや内部者による資金流出、コードの致命的バグなど「破滅的損失」のリスクを、個人や事業者から保険プールへと移転するという発想だ。自動車保険が事故時の修理費を肩代わりするように、暗号資産保険は、定められた条件のもとでデジタル資産の喪失分を補填する役割を担う。
暗号資産保険の意義が大きいのは、暗号資産の損失が往々にして「不可逆」だからだ。ブロックチェーン上のトランザクションは一度確定すると基本的に巻き戻せない。銀行振込の不正送金を止める窓口も、盗難コインを取り戻してくれる中央管理者も存在しない。他人にウォレットを抜かれたり、自分が利用するプラットフォームがハッキングされたりしても、多くの場合、有効な救済手段がない。
この「後戻りできない」構造が、多くの潜在的参加者、とりわけ機関投資家を市場の外にとどまらせてきた面は否定できない。そこで重要な役割を果たすのが保険だ。万が一の事態が発生しても、資産価値の一部、あるいは全部を取り戻す余地がある――その事実は、参加者にとって強い心理的な支えとなる。ある法律家は、保険を「暗号資産エコシステムに欠けている最後のピース」と表現し、人々が保有資産の価値が一夜にして消失しないと確信できるようにするために不可欠だと指摘する。完全無欠のセキュリティが存在しない以上(実際、いかなる保管ソリューションも無傷ではなかった)、ハックやヒューマンエラーに対する唯一の「保証装置」として、保険の役割は大きい。
個人投資家にとっても、保険は安心感を提供する。フィッシングメールやマルウエアひとつで、コツコツ貯めた暗号資産が丸ごと消える――そんなリスクを身をもって学んだ投資家は少なくない。2022年初めには、あるNFTコレクターがフィッシングリンクに騙され、「Bored Ape」など約250万ドル相当のNFTを盗まれた事例が報じられた。2014年のMt.Gox破綻から、2022年のFTX崩壊に至るまで、取引所の経営破綻によって顧客が資産の大半を失うケースも繰り返されてきた。こうした局面で有効な保険契約があれば、損失を大幅に抑えられる可能性がある。
個人向けの暗号資産保険はまだ選択肢が限られるものの、Coincoverのように、個人ウォレットやNFTを対象に最大10万ドル程度までの補償をうたう商品も出始めている。「何かあったときに最終的に支払ってくれる主体が存在する」という事実は、暗号資産市場への新規参入者にとって、心理的ハードルを大きく下げる。
機関投資家にとって、暗号資産保険は「あると望ましい」どころか、多くの場合「参入の前提条件」となっている。銀行、ヘッジファンド、ファミリーオフィス、事業会社などが暗号資産を扱う場合、受託者責任や内部のリスク管理規程から、一定水準以上の保険付保が求められることが多い。彼らはしばしば、顧客や投資家の資金――時に数千万ドル規模――を預かって運用しており、それらが適切に保全されていることを説明責任の観点からも示さねばならないからだ。
業界分析レポートのなかには、「大口機関投資家は、十分な保険を持たない事業者とは取引しない」と明言するものもある。これは伝統的な金融機関にも当てはまるが、ハッキング史と規制の不透明さを抱える暗号資産業界では、なおさら重要度が増す。実際、コインベース、ジェミナイ、Crypto.comといった米国の大手取引所は、コールドウォレット(オフライン保管)資産向けに数億ドル規模の保険契約を締結している。これらは複数の保険会社が共同で引き受ける共同保険のスキームをとることが多く、主に盗難やサイバー攻撃による損失をカバーする。
ジェミナイは2020年、業界最大級となる2億ドルのコールドストレージ保険枠を確保するため、自前のキャプティブ保険会社まで設立した。同社リスク部門トップのYusuf Hussain氏は、「保険はマスアダプションへの最後のハードルのひとつだ。普及には、伝統的金融と同様の保護が備わった、規制準拠の取引インフラが必要だ」と語る。言い換えれば、十分な保険は暗号資産の「メインストリーム化」の鍵であり、「万が一のときにも、資産を守るパッケージが用意されている」という安心感が、機関投資家の参入を後押ししている。
もちろん、暗号資産保険はリスクを「消し去る」ものではない。ただし、リスクの所在を変え、そのインパクトを和らげる機能は持つ。火災保険が火事そのものを防ぐことはできなくても、焼失後の再建費用をカバーするように、暗号資産保険はハッキングを止めることはできないものの、被害者に金銭的補償を与えることはできる。この「クッション」があるかどうかは、単なる痛手で済むのか、それとも破綻に追い込まれるのかを分ける場合がある。
システム全体の安定性という観点でも、保険の果たす役割は小さくない。回復不能な損失への恐怖が和らげば、より多くのユーザーや投資家が安心して暗号資産を保有・利用できるようになり、市場の裾野拡大と安定化につながる。実際、多くのアナリストは、十分な保護がないことが、暗号資産市場への本格参入をためらわせる大きな要因になっていると指摘してきた。保険が整備されれば、「人々が暗号資産を保有・利用・投資する際に必要なセーフティネット」を提供しうる。長期的には、大規模ハッキング後のパニック売りや信用失墜を抑えることで、ボラティリティの低下に寄与する可能性もある。
要するに、暗号資産保険は、これまで「後ろ盾」が存在しなかった領域に、信頼とリスク管理のレイヤーを持ち込むものだ。事実上あらゆる資産・取引行為に保険が掛けられる伝統的金融の常識に、暗号資産業界を近づける効果を持つ。個人トレーダーのウォレット保護から、フィンテック企業のコンプライアンス対応、年金基金が求めるカストディの安全性確保に至るまで、保険の存在は「この市場は成熟しつつある」というシグナルでもある。
もっとも、ここに至るまでの道のりは平坦ではなかった。保険会社が暗号資産に真正面から向き合うようになるまでには、かなりの時間と試行錯誤を要している。
コールドストレージから分散型プールへ:暗号資産保険の歩み
ビットコイン誕生からしばらくの間(2009〜2015年頃)、暗号資産に対する保険はほとんど存在しなかった。匿名性の高い利用者が保有するデジタルトークンのハッキングリスクを、伝統的な保険会社が引き受ける――そうした発想自体が現実味を欠いていたためだ。
2014年のMt.Goxハッキングでは、約85万BTCものビットコインが消失し、その後の市場と規制議論に深い影響を与えた。しかし当時、保険会社はリスクの大きさを認識しつつも、「引き受け不能な未知の領域」と判断し、市場から距離を置く対応が目立った。 引受をためらってきた保険業界の姿勢は、暗号資産が一つの重要なアセットクラスへと成長した2010年代後半から徐々に変わり始めた。「機会と需要があまりに大きく、もはや無視できなくなった」とされ、先駆的なアンダーライターが相次いでこの市場に足を踏み入れていく。
まず伸びたのは、認定カストディアンや取引所が預かるデジタル資産を対象としたカストディ保険だ。保険会社が最も安心感を持てたのは、オフラインで厳重に保管される「コールドストレージ」資産である。銀行の貸金庫に保管する貴金属や宝石になぞらえ、秘密鍵を高額な無記名債券やダイヤモンドと同様の扱いにすることで、既存の保険ライン、なかでも貴金属や美術品などを対象とする「スペシー市場」の枠内でリスクを整理できた。
一つの節目となったのが2018年8月だ。米国の認定カストディアンであるKingdom Trustが、ロイズ・オブ・ロンドンから暗号資産の盗難・消失リスクをカバーする保険を取得した。Kingdom Trustは2010年の段階から保険付保を模索していたものの、暗号資産の存在感が増すにつれ、ようやくロイズのシンジケートがソリューション提供に動き出した格好だ。同社CEOは「当初から、機関投資家をこの市場に呼び込むうえで保険はカギになると考えていた」と述べ、安心材料としての保険の重要性を強調した。契約者であるKingdom Trust向けロイズ保険の詳細(引受会社や保険料)は非公表だったが、「暗号関連ビジネスへの提供を渋ってきた保険業界が、保護の提供に踏み出した最新の事例」と受け止められた。
2018年以降、同様の動きは他の取引所やカストディアンにも広がっていく。保険会社はAonやMarshなどのブローカーを通じ、暗号資産事業者向けに犯罪保険やスペシー保険を組成し始めた。ただし、そこには大きな但し書きが付く。補償対象の中心はあくまでコールドストレージであり、インターネットに常時接続された「ホットウォレット」は高いハッキングリスクを理由に、補償対象外か、極めて限定的なカバーにとどまった。結果として、取引所はオフラインで保管する大部分の資産には保険を掛けられる一方、出金処理などに用いるホットウォレット資産は依然として弱点として残った。
それでも、2019年頃には業界標準のような数字が見え始めていた。たとえば、Coinbaseはホットウォレット残高向けに2億5,500万ドル規模の保険を付保していたと報じられ、BitGoはコールドストレージのデジタル資産を対象に、ロイズが裏付ける1億ドルの保険を取得した。保険会社側は、強固なサイバーセキュリティ、多署名(マルチシグ)管理、従業員の身元調査など厳格な条件を課すことで引受を行い、不確実性に見合う高額な保険料を設定してリスクに臨んだ。
より大きな補償枠を確保するための一つの手段となったのが、キャプティブ保険会社の活用である。2020年初頭、ウィンクルボス兄弟が率いる暗号資産取引所Geminiは、バミューダでNakamoto Ltd.というキャプティブ保険会社を設立し、自社のカストディ事業をカバーすると発表して注目を集めた。独自の保険ライセンスを持つビークルを用意したことで、Geminiは顧客資産を対象に合計2億ドルという、当時としては世界最大規模の暗号資産保険限度額を確保したのである。キャプティブがリスクの一部を自家保有し、残余部分を伝統的な保険会社のコンソーシアムに再保険として流すという仕組みで、ブローカーのMarshが商業市場から超過保険を取りまとめた。
Geminiの取り組みは、暗号資産保険の可能性と限界の両面を浮き彫りにした。工夫次第で一定の補償は調達できるものの、その実現には多大な労力とコストを要するという現実である。Geminiのリスク部門責任者は、メインストリーム化に保険が不可欠であり、「伝統的な金融の世界では、顧客はこうした保護に慣れ親しんでいる」と指摘した。ただし、多くの保険会社はいまだにホットウォレットのカバーを拒んでおり、Geminiの保険も例外ではない。補償対象の中心は依然として攻撃を受けにくいとされるコールドストレージ資産だった。
同じ頃の2019〜2020年、暗号資産コミュニティ内部からは保険の分散型代替モデルが台頭し始める。先駆けとなったのが2019年5月にローンチしたNexus Mutualで、ブロックチェーン上に構築された相互保険プールである。Nexus Mutualは伝統的な保険会社ではなく、英法に基づく裁量型の相互会社として設計されており、メンバーが出資し合ってリスクを分担する仕組みだ。
Nexus Mutualが提供した代表的な商品が、DeFiレンディングプロトコルなど特定のスマートコントラクトがハッキングや脆弱性を突かれた場合に支払いが行われる「スマートコントラクトカバー」である。リスクを理解する暗号資産ユーザーが自らの資本(Nexusの場合、ネイティブトークンNXM)をプールし、互いにハッキングリスクを保険し合うという発想だ。その後数年で、Nexus Mutualは約50億ドル相当のデジタル資産リスクを引き受け、DeFi関連の損失に対して1,800万ドルの保険金を支払ったとされる。DeFi市場全体から見れば小さな数字に過ぎないが、プロトコルのエクスプロイトのような複雑事象に対しても分散型の保険メカニズムが機能し、支払いを遂行できることを示した点は大きい。Nexus Mutualの成功は、2020〜2021年のDeFiブーム期に登場した他の暗号資産ネイティブ保険プラットフォームの礎ともなった(これらの比較は後ほど詳述する)。
一方、伝統的な保険市場も、カバー範囲をカストディ資産以外へと徐々に拡大させていった。2020年、ロイズ・オブ・ロンドンのアンダーライターは、それまでほぼ「保険不能」とされてきたホットウォレットを明示的に対象とする新商品を打ち出した。2020年2月のプレスリリースで、ロイズはAtriumシンジケートとCoincoverの提携による「世界初の」暗号ウォレット保険ソリューションを発表している。
この商品が特徴的だったのは、基礎となる暗号資産価格に応じて保険価額(補償限度額)が自動的に増減するダイナミックな構造だ。市場価格の変動に合わせて保険価額が追随するため、インターネット接続されたオンラインウォレットの盗難リスクを、最低1,000ポンドという小口からカバーできるようにした。対象は個人投資家と中小規模企業の双方を想定していた。英スタートアップのCoincoverは、暗号資産向けセキュリティ企業として、秘密鍵バックアップやトランザクション監視などの技術レイヤーを提供し、ウォレット侵害リスクの低減に貢献したとされる。
Coincoverとロイズの取り組みは、普及の大きな障壁を取り除くものとして評価された。ロイズの発表の中でCoincoverのCEOは、「適切な保護の欠如が、新たに暗号資産に関心を持つ顧客層を遠ざけていた。この革新的な保険商品によって、こうした障壁を取り除き、暗号資産の魅力をより広い層に届けられる」と述べている。こうして伝統的な保険市場は、深いコールドストレージに置かれた資産だけでなく、実際に稼働中の一部エクスポージャーにも徐々に対応範囲を広げていった。
2010年代後半から2020年代初頭にかけては、伝統的保険の人材と資本がスタートアップを通じて暗号資産領域に流入する動きも目立った。2017年創業(当初はBlockRe)のEvertasのような企業は、ロイズ市場の枠組みを活用する暗号資産専門保険会社としてポジションを築いた。2022年には、ブロックチェーンセキュリティ企業Quantstampの子会社としてChainproofが立ち上がり、「世界初の規制下にあるスマートコントラクト保険プロバイダー」を名乗った。
Chainproofはバミューダの規制サンドボックスでライセンスを取得し、日本の損害保険ジャイアント損保ジャパンや再保険大手ミュンヘン再保険(Munich Re)から支援を受けた。主なターゲットはDeFiプロトコルにロックされた資産、すなわち伝統的保険会社がまだ十分にカバーしていないオンチェーンリスクだ。Chainproofの登場が示したのは、市場に存在していた明確な空白である。それまで、機関投資家が保険付きのカストディウォレットからCompoundやUniswapのようなDeFiプラットフォームに資産を移した瞬間、その資産は事実上「無保険」状態になっていた。Chainproofは、コンプライアンス対応済みでKYCを前提とするノンカストディアル資産向け保険を提供し、機関投資家がリスク管理や規制要件を損なうことなくDeFiに参加できる環境整備を狙った。ミュンヘン再保険など大手が再保険で関与したことは、暗号資産リスクに対する大手保険・再保険会社の姿勢が、暗号ネイティブの専門性(この場合はQuantstampの監査ノウハウ)との連携を前提に、徐々に前向きになっていることの表れでもある。
2020年代半ばになると、暗号資産保険のエコシステムは、伝統と革新が入り交じるモザイク状の様相を呈している。一方の極には、大手保険会社やブローカーが取引所やカストディアン向けに、かつてない大口ポリシーを組成する動きがある。たとえば2023年には、ロイズを通じてArch InsuranceがEvertasに対し、暗号資産カストディ専用としては業界最大とされる4億2,000万ドル規模の単一ポリシーを引き受ける権限を付与した。
他方の極には、分散型保険プールが、ステーブルコインのペッグ外れやNFT盗難といった新たな領域にまでカバー対象を広げつつある。そこでは、事前に定めた指標に基づき自動的に支払いが行われるパラメトリック型トリガーや、コミュニティ主導のガバナンスが用いられている。両者の中間には、Coincoverが提供する保険付きウォレット技術や、キャプティブおよびリスクシェアリングコンソーシアムの利用など、伝統的スキームと新興テクノロジーを組み合わせたハイブリッド型のアプローチも存在する。
なお、現時点でも世界全体の暗号資産のうち保険が付されているのは数%にとどまるとされており、市場はまだ黎明期にあることを忘れてはならない。それでも、10年前にはほぼ皆無だったカバーが、現在では多層的な市場構造へと発展してきた意義は大きい。2025年、法律事務所Hunton Andrews Kurthのパートナーは「暗号資産エクスポージャーに特化した保険商品のランドスケープは、急速に進化している」と評し、新たなリスクを巡って保険会社が競い合いながらイノベーションを進めている現状を指摘した。次章では、具体的にどのようなリスクが存在するのか、ウォレット、NFT、そしてDeFiポジションの脆弱性を整理し、それに対してどのようなカバーが提供され得るのかを見ていく。
リスクをどう捉えるか:ウォレット、NFT、DeFi
暗号資産は、その本質からして高リスクな環境に置かれている。暗号資産保険が何をカバーし得るのかを理解するには、保有者が直面する脅威や損失のパターンを分解してみる必要がある。おおまかには、どこで、どのように資産を保管・活用するか──個人ウォレットなのか、唯一無二のNFTなのか、あるいはDeFiプロトコルにロックしているのか──によって整理できるだろう。もっとも、これらのカテゴリーは相互に重なり合う部分も多い(たとえば、あらゆるオンラインシステムが…)。以下はご指定の英語内容を、日本の金融専門メディア向けの自然な日本語にリライトしたものです。
暗号資産の保管方法には(ハッカーの標的になりやすいものも含め)さまざまな形態があり、それぞれリスクの性質が異なる。まずはリスクの全体像を整理しておきたい。
1. 個人用暗号資産ウォレット(ホットウォレット/コールドウォレット)
自分で暗号資産を管理する「セルフカストディ」の場合、資産の安全性はひとえに秘密鍵の管理にかかっている。
インターネットに常時接続されたソフトウェアウォレット(スマホアプリやブラウザウォレットなど)は一般に「ホットウォレット」と呼ばれる。送金や決済には極めて便利だが、外部からの攻撃にさらされやすく、盗難リスクは高い。
典型的には、マルウェアによる秘密鍵の窃取、シードフレーズを入力させるフィッシング、ウォレットソフト自体のバグ悪用などだ。悪意あるアプリをインストールしたり、偽サイトのリンクを踏んだりした結果、一夜にしてウォレットが空になっていた――といった事例は後を絶たない。カスタマーサポートを装った詐欺でリカバリーフレーズを聞き出すなど、ソーシャルエンジニアリングも深刻な脅威だ。
ホットウォレットのリスクは個人だけではない。取引所やフィンテック企業も、日々の決済や出金のためにオンラインウォレットを運用しており、そこがサイバー犯罪者の格好の標的になっている。2022年に発生した「Ronin Network」のハッキングでは、ゲーム「Axie Infinity」に関連するバリデータキーが侵害され、約6億1,500万ドル相当が流出した。実質的にはホットウォレット・プールが一気に抜き取られた格好だ。
また、内部不正も無視できないリスクであり、取引所社員が共謀して資金を持ち出した疑いが持たれたケースもある。このため、カストディアン向け保険では「内部者の共謀(insider collusion)」を特約で明示的にカバーする例が増えている。
これに対し、「コールドウォレット」は秘密鍵を完全にオフラインで保管する形態を指し、専用のハードウェアウォレットや、紙に印字した秘密鍵を金庫に入れておく方式などがある。オンライン攻撃に対しては圧倒的に安全性が高まる一方で、物理的な盗難・紛失・破損といった別種のリスクが生じる。
貸金庫が荒らされてハードウェアウォレットを盗まれたり、バックアップを取っていないデバイスを紛失したりすれば、資産は事実上永久に失われる。紙のバックアップが火災や水害で焼失するリスクもある。
保険商品によっては、こうした秘密鍵の物理的な滅失・損壊を補償対象に含める場合もあるが、ユーザー自身の過失まで広くカバーすることは少ない。たとえば、送金先アドレスを誤入力して資産を送ってしまったようなケースは、通常は補償の対象外だ。「資産保有者自身のミスに起因する損失」は暗号資産保険の免責事由とされるのが一般的であり、保険会社は最低限の注意義務をユーザーに求めている。
したがって、コールドウォレットにすればハッキングリスクは大幅に減るものの、あらゆるリスクが消えるわけではない。
近年では、第三者事業者が暗号化した秘密鍵のバックアップを預かり、ユーザーがアクセス権を失っても資産回復を支援する、いわば「鍵の保険付きリカバリーサービス」も登場している。たとえば Coincover は秘密鍵バックアップを組み合わせたサービスを提供し、「鍵を失っても、一定の条件のもとで資産回復または補償を行う」という保証を保険で裏づける仕組みを打ち出している。テクノロジーと保険を組み合わせ、古くからある「鍵紛失問題」に対応しようとする試みだ。
ウォレットリスクを整理すると、ホットウォレットではハッキングやマルウェアを通じた「盗難」が最大のリスクであり、コールドウォレットではデバイスの盗難や紛失といった「カストディ喪失」が中心的な論点となる。これらは個人投資家に限らず、企業や取引所にも共通の課題だ。大手取引所の多くは、総残高の約98%をコールドストレージに、残り約2%のみをホットウォレットに置く運用を採用し、このホット部分の一部に保険を付保することでリスクを抑えている。
一般ユーザー向けの包括的なウォレット保険は、現時点ではまだ普及していないものの、Coincover のように、一定額までのホットウォレットからの盗難を補償する個人向け保険を提供する例もある。その場合でも、自社のモニタリング技術の導入など一定の条件が付されることが多い。
重要なのは、セルフカストディ資産に対する保険は、通常、ユーザー自身の過誤――たとえばパスワードを忘れた、典型的なフィッシング詐欺に引っかかった――まで自動的にカバーするわけではないという点だ。その種の事案を補償対象に含めるかどうかは、商品ごとに約款を細かく確認する必要がある。
そして言うまでもなく、価格変動による損失は保険ではカバーされない。相場下落でコイン価格が50%下落しても、それは投資リスクであり、保険の対象外だ。暗号資産保険が扱うのは、あくまで運用・保管・セキュリティに伴うオペレーショナルリスクであって、投資損失ではない。
2. NFT(ノンファンジブル・トークン)
NFTは、デジタルコレクション、アート作品、ゲーム内アイテムなど、新たなタイプのデジタル資産をブロックチェーン上で一意に表現する仕組みとして登場した。一部のNFTは数百万ドルで取引されるなど高額化しており、固有性と透明性を兼ね備えた資産クラスとして注目されている。
もっとも、NFTのリスクの多くは、通常の暗号資産トークンと本質的に変わらない。NFTもウォレット内に保管される以上、ウォレットが侵害されれば、NFTも自由に別アドレスに移転されてしまう。前述の通り、あるコレクターはフィッシング詐欺をきっかけとするウォレット侵害により、「Bored Ape Yacht Club」のNFT数十点、総額250万ドル超を失っている。
2022年2月には、最大手NFTマーケットプレイスの OpenSea で移行機能の不備を突いた攻撃が発生し、ユーザー保有のNFT約250点(約170万ドル相当)が盗まれた。
「ノンファンジブル(代替不可能)」という呼び名から一見すると盗難と無縁に思えるかもしれないが、これはあくまでトークンが一意であることを意味するに過ぎず、「盗めない」ことを保証するものではない。むしろ、オンチェーンで所有状況が誰からも見えるがゆえに、高額コレクターはフィッシングやソーシャルエンジニアリングの格好の標的となりうる。
NFT特有の課題としては、「評価額」と「真正性」の問題がある。保険は、対象資産の評価と損失の証明を前提に設計されるが、NFTの価格はアート作品さながらに極めて主観的かつボラタイルだ。前月30万ドルで落札されたNFTが、翌年にはブームの終焉とともに5万ドル程度まで値下がりしている、といったケースもありうる。
このとき、保険金は購入時の価格を基準に支払うべきなのか、事故発生時点の時価を採るのか、あるいはあらかじめ合意した評価額とするのか——保険実務上は悩ましい論点となる。
さらに、NFTは一意であるがゆえに、盗難品がすぐに別の市場で転売されることも少なくない。ブロックチェーン上で当該NFTが盗難品であることを追跡できるにもかかわらず、ディスカウント価格で売買が成立してしまうこともあり、権利の帰属や回収可能性をめぐる法的・実務的な問題は複雑さを増している。
こうした背景から、NFTを対象とする引受は保険会社にとって難度が高く、最近まで一般向けのNFT保険商品はほぼ存在しなかった。2022年に公表されたある分析では、「執筆時点で広く提供されているNFT保険商品は 1種類にとどまり、それは Coincover によるものだ」と指摘されている。Coincover は個人向けに最大10万ドル、法人向けにもNFTを対象にした補償を提供しているとされた。
同年3月には保険ブローカー大手 IMA が、NFTリスクの評価手法や引受モデルの研究開発に投資すると発表し、カバレッジの空白をビジネスチャンスと捉え始めている。
盗難以外のNFT固有リスクとしては、NFT自体やマーケットプレイスのスマートコントラクトに潜む脆弱性(外部者が無権限でトークンを移転・複製できてしまうバグなど)、およびオフチェーン保管されるメタデータの消失リスクが挙げられる。NFTの画像データや付随情報が、集中管理されたストレージサービスに依存している場合、そのサービス停止や破綻により実質的な“中身”が失われる可能性もある。
標準的な財物保険やサイバー保険では、こうしたケースが必ずしも想定されておらず、約款上、暗号資産トークンや無形デジタル資産を明示的に除外している商品も少なくない。
NFTを扱うマーケットプレイスなど事業者にとっては、サイバー保険がプラットフォームのハッキングやサーバーダウンなどを一定程度カバーする場合もあるが、個人コレクター向けに同等の保険を手軽に購入できる状況にはない。このため、NFTに特化した暗号資産保険の必要性が高まっている。
NFT保険を設計する際には、「何を対象としているのか」を契約上明確にする必要がある。トークンそのものなのか、紐付くメディアデータなのか、あるいはメタデータの正当性・有効性まで含めるのか——定義を曖昧にしたままでは紛争の火種になりかねない。
Coincover のバイスプレジデントである Sharon Henley 氏は、Motley Fool のインタビューでこう指摘している。
「あなたは一体何に対する保護を買っているのですか? トークンそのものだけですか? メタデータの有効性まで含めますか? ……自分が何に対する保護を買っているのか、理解することが重要です」。
NFT市場はまだ形成途上であり、NFTを巡る保険約款の文言も進化の途上にある。保険加入者は、どのような事象が支払い対象になるのか、約款を注意深く読み込む必要があるだろう。
今後、市場が成熟し損害データも蓄積されれば、美術品保険に近い形で、NFT特有の論点を織り込んだ専用保険が登場する可能性は高い。現時点では、NFT保険は一般に「ウォレット内資産の盗難」を一括してカバーする暗号資産ウォレット保険の一部として扱われるか、高額コレクター向けのオーダーメイドで提供されるケースが中心となっている。
3. 分散型金融(DeFi)ポジション
Aave などのレンディングプロトコルでの貸し出し、Uniswap などAMM型取引所への流動性提供、イールドアグリゲーターの活用など、DeFiに参加する投資家が直面するリスクは、単に現物の暗号資産を保有する場合とは性質が異なる。
最も深刻なのはスマートコントラクトリスクだ。プロトコルのコードに潜む不備が悪用されれば、プールされている資金が一瞬で抜き取られかねない。実際、2021年にはDeFi関連のハッキングやエクスプロイトによる損失が合計105億ドル超に達したと報告されている。
代表例としては、リエントランシー脆弱性を突かれ約8,000万ドルが失われた Rari Capital の事案や、フラッシュローンを利用して一時的に投票権を掌握し、不正提案を可決させて1億8,100万ドル相当を持ち出した Beanstalk のガバナンス攻撃が挙げられる。
コード自体が仕様通り動作していたとしても、経済設計に欠陥があれば、特定の相場局面でプロトコルが破綻するリスクもある。2022年5月に崩壊したアルゴリズム型ステーブルコイン TerraUSD(UST)は、その典型例だ。USTは、コード上は「設計通り」に機能していたものの、市場信認が失われると米ドルとのペッグを維持できず、一気に数セント水準まで暴落。推計で170億ドル規模の損失が投資家に生じた。
保険の観点から見れば、これはハッキングではなく「経済モデルの失敗」によるものだが、多くの投資家にとっては現実の損失であり、一部の保険プロバイダーはこうした事態に備える「デペッグ保険(depeg insurance)」という新種の商品を打ち出した。
DeFiユーザーにとっては、オラクルの不具合や操作リスクも見逃せない。多くのプロトコルは、資産価格の把握や清算トリガーの判断を外部価格フィード(オラクル)に依存している。オラクルが誤った価格を報告すれば、システム障害や遅延、あるいは流動性の薄い市場を狙った攻撃により、人為的に価格が歪められ、不当な清算や盗難につながる恐れがある。
例えば Inverse Finance では、2022年にガバナンストークン価格のオラクルを操作され、不当に高い担保評価をもとに過小担保の貸付が実行される格好となり、約1,500万ドルの損失が発生した。このようなオラクル操作は、DeFi特有のリスクとして保険設計上も重要な論点になりつつある。DeFi特有のオンチェーン自動化を悪用した攻撃は、この数年で急増しており、すでに累計で数億ドル規模の損失要因となっている。
もう一つのリスクが、分散型プロトコルにおけるガバナンス攻撃だ。ガバナンストークンの保有が一部に偏在していたり、市場で安価に買い集められる状況にあると、攻撃者が短期間で大量取得し、資金の移転を図る提案を可決させることが可能になる。前述のBeanstalkの不正流出も、この手口が使われた典型例だ。攻撃者は一時的に議決権の過半を握り、資金の不正引き出しにつながる提案を強行可決させた。
さらに、CeFi(中央集権型金融)と接続する際のカストディリスクも見逃せない。多くのDeFiユーザーは、法定通貨との出入りやチェーン間移転の際にいまだ中央集権型取引所に依存している。こうした事業者が出金停止に踏み切ったり、CelsiusやVoyagerのように破綻すれば、ユーザーのDeFiポジションは事実上身動きが取れなくなったり、大きく価値を毀損しかねない。このリスクを背景に、「取引所デフォルト」や「カストディアンリスク」を対象とする保険・カバー商品も登場している。特定の大手取引所がユーザー資産の出金を止めた場合に、DeFi向けカバープロバイダーが補填するという仕組みだ。スマートコントラクトの不具合ではないものの、CeFiの破綻がDeFiユーザーに直接波及し得ることが認識され、一部の相互保険型プロトコルがそのギャップを埋める商品設計に踏み出している。
こうした多層的なリスク構造を踏まえると、「DeFiカバー」と呼ばれる新たな保険カテゴリーが台頭した理由は明白だ。現在では、プロトコルハックカバー、ステーブルコインのデペッグ(乖離)カバー、Yearnのボールトなど利回りトークンの価格乖離を補填するイールドトークンカバーなど、およそ8つの大枠に分類される商品が出そろいつつある。それぞれに支払いトリガーや免責条項が細かく定義されているものの、その標準化はまだ途上段階だ。例えば「プロトコルカバー」と称する商品でも、技術的なエクスプロイト、オペレーション上の不手際、さらにはガバナンス攻撃までどこまでを対象に含めるかは、プロバイダーごとに大きく異なる。ユーザー側には約款の読み込みが不可欠で、あらゆる「ハック」に支払うものもあれば、資金が最終的に回収不能になった場合に限るものもある。ハッカーが後に資金を返還した場合は保険金支払いの対象外、という設計もあり得る。
要するに、DeFiポジションはリスクが極めて高いにもかかわらず、保険ニーズも同様に高い領域だ。資産をスマートコントラクトに預け入れる時点で、そのコードと設計に全額を委ねることになる。ひとたび不具合が生じれば、資産は事実上取り戻せない公算が高い。各種規制や預金保険に守られた銀行預金とは本質的に異なるリスクプロファイルだ。このギャップを埋めようとしているのが、DeFi向けの暗号資産保険である。とはいえ現時点でカバーされているのは、DeFiにロックされている総価値(TVL)のごく一部にとどまる。それでもUST崩壊のような「惨劇」が相次いだことで、ユーザー側のカバー需要は明らかに高まった。実際、2022年のUSTデペッグは、DeFi保険にとって一つの試金石となった。Nexus Mutual、InsurAce、Risk Harborなど複数のプロトコルが、USTおよび関連プロトコルに対するデペッグカバーに基づき、合計約2,200万〜2,500万ドルを支払ったとされる。InsurAceの場合はUSTデペッグ関連の保険金請求のうち98%が認定されるなど、危機下でも代替型の保険スキームが機能し、投資家の「全損」を一定程度回避し得ることを示した格好だ。Terraショック後、InsurAce関係者が語った通り、こうした事例は「保険の必要性がかつてなく鮮明になった」ことの証左といえる。
総括すると、暗号資産ユーザーは、窃盗・ハッキング、技術的な欠陥、ヒューマンエラー、詐欺に加え、規制当局による没収や凍結といった多様なリスクに晒されている(後者も重要なリスクであり、特定プロトコルやアドレスが制裁対象となれば資金アクセスに影響が及びうる)。従来型の保険商品は、暗号資産特有のこれらリスクを十分にはカバーしてこなかったため、専用の暗号資産保険が発展しつつある。個人ウォレットのハッキング、高額NFT(いわゆる「高級JPEG」)の盗難、バグに起因するDeFiの利回りファーム崩壊など、想定シナリオはいずれも深刻だが、その構造を理解することがリスク軽減の第一歩となる。ここまでで「何が起こり得るか」を整理したうえで、次にそれらに対するプロテクションを提供する主体──中央集権型と分散型、双方の暗号資産保険プロバイダー──を見ていく。
中央集権型 vs 分散型 暗号資産保険プロバイダー
現在の暗号資産保険は、大きく二つのモデルに分かれる。既存の保険スキームを踏襲した中央集権型プロバイダー(大手保険会社や、従来型の枠組みの中で事業を行うスタートアップ)と、ブロックチェーンやトークン、コミュニティによるリスクプールを活用する分散型保険プラットフォームだ。いずれも暗号資産関連リスクのカバーを目指す点は同じだが、その仕組みは大きく異なる。以下では、それぞれの特徴を整理したうえで、主要プレーヤーや商品内容、カバレッジおよび信頼性の比較を試みる。
従来型・中央集権型プロバイダー
中央集権型の側には、外形的には伝統的な保険会社・保険ブローカーとほとんど変わらない組織が並ぶ。法的な保険契約に基づき引き受けを行い、その裏付けとして大規模な保険バランスシートやロイズ・オブ・ロンドン市場のキャパシティを活用するケースが多い。顧客には厳格なKYC(顧客確認)を要求し、主なターゲットは個人投資家ではなく事業会社や富裕層クライアントであることが一般的だ。彼らは保険業界としての信用力と規制順守体制を持ち込む一方、柔軟性に欠け、引き受けプロセスが長期化したり、カバレッジ範囲が限定的になりがちという側面もある。
暗号資産保険の発展において最初に挙げるべき存在は、歴史ある保険マーケットであるロイズ・オブ・ロンドン(Lloyd’s of London)だ。ロイズは一つの保険会社ではなく、複数のシンジケートがリスクを引き受けるマーケットである。この数年、ロイズ傘下のシンジケートは、暗号資産向けの先駆的な商品をいくつも打ち出してきた。2020年に取り上げた、アトリウム(Atrium)シンジケートとCoincoverによるホットウォレット保険は、その象徴的な事例だ。暗号資産価格に連動して補償限度額が変動する設計とともに、「ホットウォレットの盗難リスクに対するロイズ保証」を初めて実現したと言われる。この保険は、ロイズのプロダクト・イノベーション・ファシリティを通じ、東京海上キルン(Tokio Marine Kiln)やMarkelといった大手を含む複数のロイズ保険会社がパネルを組んで引き受けた。船舶や財宝を保険対象としてきた数百年の歴史を持つロイズ市場が、デジタルトークンの保険にも適応可能であることを示す試みだったといえる。ロイズのイノベーション責任者が述べたように、「暗号資産を保護する保険への需要は高まっており、シンジケート同士が新たなリスクに共同対応できるロイズは、保険イノベーションにとって最適の場」であるとの認識がある。実際、一つの案件に複数のアンダーライターがシェアを持つロイズのモデルは、大口暗号資産リスクを分散して引き受ける上で相性が良い。名称非公表のまま複数シンジケートが関与したとみられるKingdom Trust向けの保険や、その他の案件でも同様のスキームが使われた。
2023年には、前述の通りArch Capital傘下のArch Syndicate 2012(ロイズシンジケート)が、暗号資産専門のEvertasと組み、カストディ資産を対象に4億2,000万ドルという大型保険枠を提供した。このスキームでは、伝統的保険会社であるArchが保険キャパシティを供給し、ロイズの「カバーホルダー」としての地位を持つEvertasが、Archの代理としてリスク評価と引き受けを担う。Evertasは、単一の保険会社としては当時最大の暗号資産保険リミットであり、複数社による共同保険を必要としない水準だとアピールした。こうしたロイズ・シンジケート主導の動きは、特に取引所のような大口プレーヤーの保険需要に応える上で重要性を増している。FTX破綻後、監督当局も顧客も、「預かり資産が一夜にして消えることはない」という裏付けを、より強く求めるようになったためだ。
ロイズ以外にも、伝統的な保険会社やブローカーが暗号資産専業チームを立ち上げ始めている。ブローカーではAonやMarshがデジタルアセットリスクの専門部署を設け、数多くの暗号資産関連企業の保険手配を支援してきた。Marshは数年前にCoinbase向けの1億5,000万ドルのエクセス保険の組成に関与したほか、Geminiによる自家保険スキームへの助言も行った。保険会社側では、世界最大級の再保険会社であるMunich Reが暗号資産リスクの研究を進めるとともに、スタートアップ向けの再保険も提供してきた(前述のChainproofのパイロット保険にはMunich Reが再保険を付保)。日本の大手損保である損保ジャパン(Sompo)はChainproofへ直接出資し、その引き受けを支援している。Allianzも暗号資産保険商品の開発に着手したと報じられているほか、スペシャリティ保険会社であるArchはロイズ経由だけでなく、Arch Insurance(UK)を通じて自社名義で暗号資産保険を引き受けている。ロンドンや欧州市場では、サイバー保険や現物貴重品(specie)保険に長けた中堅キャリアが、案件ごとに暗号資産リスクを引き受けるケースも出てきた。米国では全米保険監督官協会(NAIC)が、規制下の保険会社による暗号資産エクスポージャーに警鐘を鳴らし、自社バランスシート上での暗号資産保有をほぼ禁じているが、ハイリスク案件を扱うサープラスライン保険会社は、特定ニッチにおいて暗号資産関連の引き受けを続けている。
こうした中で、暗号資産領域への架け橋となっているインシュアテックがCoincoverだ。2018年に英国で創業したCoincoverは、自らを純然たる保険会社というより「暗号資産向けセキュリティ兼保険サービス」と位置づけている。暗号鍵の暗号化バックアップやトランザクション監視などの技術ソリューションと、万一の際に損失を補償する保険保証を組み合わせたモデルだ。複数のウォレットプロバイダーや取引所が、追加の保護レイヤーとしてCoincoverのサービスを採用している。ある法律事務所のレビューによれば、CoincoverはCrypto.comを含む約20のウォレット・取引所に対し、セキュリティサービスと限定的な保険カバーを提供しているという。たとえばハードウェアウォレット大手のLedgerは、オプションサービス「Ledger Recover」でCoincoverと提携し、暗号化した秘密鍵シェアの保管と、それに連動する保険バックの仕組みを導入している。サービス障害時の「保証」をうたうケースもある。NFT分野では、Coincoverが2022年に最大10万ドルまでの個人向けNFT保険を打ち出した。構造としては、Coincover自体が保険契約者と向き合うフロント役を担い、実際の引き受けはロイズのシンジケートなど大手保険会社が行うというかたちだ。ユーザーから見れば、自分のウォレットにCoincoverのプロテクションが付いていれば、ウォレット事業者のシステム侵害などにより資産が流出した場合に補償を受けられる可能性がある。
Coincoverのモデルは、中央集権的プレーヤーが暗号資産プラットフォームと連携する典型例でもある。一般個人に直接ポリシーを売るのではなく、ウォレット事業者や取引所と提携し、「付帯サービス」として保険を組み込むことで、販売チャネルを効率化すると同時に、パートナー側にCoincoverの技術実装を求めることで一定のセキュリティ水準を担保する。こうした存在感の高まりは、「暗号資産保険においては、技術的なリスク低減と保険が表裏一体である」という現実を物語る。保険会社は、マルチシグ、暗号化、モニタリングといった堅牢なセキュリティ体制を求めると同時に、場合によってはインシュアテック側がそのためのツールを提供し、そもそもの事故発生確率を下げにかかる。
もう1つの重要な中央集権型プレーヤーがChainproofだ。前段で触れた通り、ChainproofはDeFiのスマートコントラクトを専門に扱う、規制準拠の保険会社である。契約、保険金支払い、バーミューダ当局による監督など、枠組みは伝統的な保険と同じだが、引き受けの根幹にはブロックチェーン・セキュリティの知見が置かれている。インキュベーション元のQuantstampは、2000億ドル超のデジタル資産監査で培ったノウハウを活かし、実質的に「技術アンダーライター」としてプロトコルのリスク評価を行った。
Chainproofの立ち上げが注目されたのは、コンプライアンス上の制約から、無認可の暗号資産相互扶助(クリプト・ミューチュアル)を利用できなかった機関投資家向けに、明示的にDeFiカバレッジを提供しようとした点だ。例えば、米ヘッジファンドがあるDeFiプロトコルに流動性提供を行いたくても、「ハッキングリスクが規制された保険キャリアによってカバーされていなければならない」といった内規があるケースがある。SompoやMunich Reを背後に持つChainproofなら、当該ファンドに正式な保険証券を発行でき、リスク委員会の要件を満たせる。
当初Chainproofは、監査済みの一部DeFiプロトコルに対し、約1000万ドル規模の限度額でパイロット的に保険を提供し、その後の拡大を見込んでいた。また、大手再保険会社から再保険サポートレターも獲得しており、これは「暗号資産リスクであっても、適切な形でパッケージングされれば、伝統的な再保険マーケットがバックストップ役を務める用意がある」ことの表れでもある。Chainproofや、Euler Financeチームがオンチェーン保険会社の立ち上げを模索しているとの噂など、類似の取り組みは、中央集権的な資本と暗号資産特有のリスクモデリングとの融合が進んでいることを示している。
米国拠点の暗号資産保険会社Evertasも押さえておくべき存在だ。Evertasは、暗号資産保険に特化した初期のスタートアップの1つで、バーミューダで保険免許を取得し、2022年にはロイズのカバーホルダーにもなった。戦略としては、ロイズのArchなど大手保険会社と緊密に連携し、取引所やカストディアン、マイニング設備などに対する保険プログラムを組成しつつ、補償限度の拡大を図っている。
2023年に報じられたEvertas/Archの4億2000万ドル規模の保険契約では、暗号資産マイニングハードウェアについても最大2億ドルまでカバー可能になったとされる。大規模マイニングファーム向けの実質的な「財物保険」が成立した格好だ。鍵の窃盗(クライム)と設備(財物)を同一スペシャリストが幅広く引き受ける態勢は、市場成熟化の一つのシグナルだろう。Evertasによれば、現時点で保険が掛けられている暗号資産は全体の2〜3%にとどまるものの、慎重な姿勢だった保険会社も「ビジネス規模と需要が、もはや無視できないレベルに達しつつある」と判断し始めているという。
Evertasなどの専門プレーヤーは、複数のラインを引き受けることが多い。例えば、秘密鍵窃盗に備えるクライム保険、ヴォールト保管資産を対象とするスペシー保険、暗号資産事業者が訴訟リスクに備えるプロフェッショナル・ライアビリティ(専門職賠償責任)保険などだ。要するに、財物、クライム、賠償責任、役員賠償(D&O)といった伝統的な保険ラインを、暗号資産ビジネス向けに翻案している。
たとえば、暗号資産取引所向けのTech E&O(テクノロジー過誤・怠慢)保険やサイバー保険では、セキュリティ侵害による損失を補償対象とし得る。一方、暗号資産関連企業の経営陣向けD&O保険は、経営判断を巡る投資家からの訴訟や規制当局の調査に直面した際の防御費用などをカバーする(こうした事案は暗号資産業界でも既に現実のものとなっている)。
もっとも、中央集権的な暗号資産保険会社は、補償範囲を絞り込み、厳格な条件を課すことが多い。多くのポリシーでは、詳細な引き受け審査が不可欠であり、申込者のセキュリティ体制の精査や外部監査を求めるほか、サブリミットや多数の免責条項を設定するのが通例だ。典型例として、カストディアン向けポリシーでは、カストディアン従業員の過失に起因する損失や、カストディアンの管理外にあるユーザー側の誤操作などを免責とする条項が盛り込まれる。また、多くの契約では「窃盗」に起因する損失のみを補償し、「原因不明の消失」については窃盗と証明されない限り対象外とする。これは、外部ハッキングなのか内部犯行なのか判然としないケースでの紛争を避ける狙いがある。
さらに、保険金の支払い手段も課題だ。法定通貨で支払うのか、暗号資産で支払うのか、選択肢を用意するのか。暗号資産価格のボラティリティは保険設計上の悩みの種である。たとえば、1億ドル相当のビットコインを保険対象としていたところ、ビットコイン価格が倍になれば、保険会社は上限2億ドル分まで保証すべきなのか――契約に明確な上限がなければ、このような問題が生じ得る。その意味で、Lloyd’sとCoincoverが導入した「ダイナミック・リミット」付きポリシーは注目を集めた。対象コインのリアルタイム価格に連動して補償額を調整することで、この問題に対処したためだ。こうした仕組みがない場合、保険会社は一般に法定通貨建てで限度額を固定し、一定期間ごと、あるいは更新時に見直す。
中央集権型プロバイダーによる補償限度額は幅が広い。小規模スタートアップでは500万ドル程度のポリシーにとどまる一方、大手取引所は現在、レイヤリング(重層化)を用いることで、総額1億〜7億5000万ドル規模の保険を確保できるようになりつつある(もっとも、多くの場合、複数の保険会社がそれぞれ5000万ドルずつ引き受けるといった形で、複数ラインに分散される)。Arch/Evertasの4億2000万ドル単独ポリシーは例外的な大口案件だ。
これと比べると、Nexus Mutualなど分散型プールの自己資本は、多くても数億ドル規模にとどまり、プロトコル1件あたりのカバー限度は自ずと低くなる。歴史的にNexusは1リスクあたり数百万ドル程度の上限を設けてきたが、最近はシンジケート型プールの仕組みにより、1リスクあたり最大2000万ドルまで引き上げられるようになってきた。
分散型プロバイダーに話を移す前に、主要な中央集権型プレーヤーと役割を整理しておこう。
- Lloyd’sシンジケート(Atrium、Archなど):ホットウォレット向け補償や大口カストディ保険の開拓者。主にブローカー経由で取引所、カストディアン、ウォレット事業者を引き受ける。複数の保険会社がリスクをシェアする形で暗号資産保険取引の「インフラ」を提供し、Product Innovation Facilityなどを通じて商品イノベーションの場も設けている。
- Coincover:個人・法人向けにウォレット保護やNFT保護を提供するインシュアテック。実際のアンダーライターと連携し、ウォレットハッキングや、独自の「Protected Transactions」サービスを悪用した詐欺被害など、特定の損失をカバーするハブ的存在だ。鍵バックアップやトランザクションスキャンなど予防措置と、保険バックの保証を組み合わせる点を強調している。
- Evertas:ロイズ市場などで活動する暗号資産専門保険会社。大口の事業者向け商業保険にフォーカスし、暗号資産向けアンダーライティングに従来型保険の厳格な手法を持ち込んでいる。Archとの提携などを通じ、キャパシティの拡大を牽引してきたと自負する。
- Chainproof:機関投資家向けDeFiカバレッジの空白を埋める、規制準拠のDeFi保険会社。バックには大手保険資本がつきつつ、運営面では暗号資産セキュリティの専門家が中心。カストディではなくスマートコントラクトといった非カストディ型リスクに特化している点で、従来の保険会社とは一線を画す。
- 伝統的ブローカー(Aon、Marsh)および保険会社(Munich Reなど):暗号資産コミュニティからは見えにくいが、水面下で保険スキームの組成を支える黒衣的存在。多くの取引所がこうしたチャネルを通じてカバレッジを確保しており、その多くは取引所側が公表しない限り表に出てこない。たとえば、Robinhoodは暗号資産保有分についてロイズによるカバレッジがあると開示しており、CoinbaseやGeminiも同様の経路で保険を整備してきた。
中央集権型プロバイダーは、窃盗リスクだけでなく、業務上の過失やコンプライアンス関連リスクもカバーすることが多い。たとえば、暗号資産カストディアンに対し、「フィナンシャル・インスティテューション・ボンド」(金融機関用包括犯罪保険)やクライムボンドの付保が求められる場合には、ChubbやTravelersといった保険会社が暗号資産を対象に含める特約を組み込むケースが出てきている。同様に、暗号資産企業向けD&O保険は足元で需要が急拡大しており、経営陣は投資家からの訴訟や規制当局の強制調査に備えた保護を求めている。香港では暗号資産取引プラットフォーム規制の整備が進むなか、経営陣を法的リスクから守るD&Oカバーが焦点になりつつある。これらはいずれも中央集権型保険の枠内だが、法的な位置付けが明確になるにつれ、徐々に提供が広がっている分野だ。
分散型保険プラットフォーム
こうした伝統的プレーヤーと並行して、「DeFi保険」「カバー・プロトコル」などと呼ばれる分散型保険プラットフォームのエコシステムも台頭してきた。これらは主にEthereumおよび互換チェーン上で稼働し、スマートコントラクト、トークン、コミュニティガバナンスを用いてカバー提供を行う。一般に、正式な保険業ライセンスは持たず、「メンバー間の共済」あるいはDAO(分散型自律組織)として機能し、参加者から資金をプールして、一定の事象が発生した場合に補償を行う仕組みだ。法的な意味での「保険」とはみなされない場合もあるが、…一部の法域ではこうした仕組みを「自家保険」や「共済」に近いものとみなす向きもあるが、経済的な役割としては保険とほぼ同じ機能を果たしている。以下では、代表的な分散型保険プロバイダーとその仕組みを概観する。
Nexus Mutual:DeFi保険のパイオニア
2019年にローンチした Nexus Mutual(ネクサス・ミューチュアル)は、DeFi保険分野の草分け的存在だ。法的には「保険会社」ではなく、会員同士がリスクをシェアする任意組合(discretionary mutual)の形態をとる。これは、約款上の厳格な要件を満たさないケースでも、会員の裁量で支払いを決められる柔軟性ゆえであり、この柔軟性があるがゆえに、法令上は「保険」とは呼んでいない。ただ、実務的には会員向けの保険とほとんど同様に機能している。
サービス開始当初は、DeFiプロトコルのスマートコントラクトに潜むバグやハックといった「意図しないコード利用」による損失を対象にした「Smart Contract Cover」からスタート。その後、中央集権型取引所の破綻、カストディアンの支払不能、ステーブルコインのペッグ外れ(デペッグ)といったリスクにも対象範囲を広げてきた。
Nexusを利用するには会員になる必要があり、簡易なKYCと、会員トークンである NXM を最低限購入することが求められる。保険料(Cover premium)は NXM または ETH で支払われ、保険金請求の是非は会員による投票で判断される。Nexusは主にETHで構成される資本プールを保有し、ここから引き受け中のカバー全体を裏付ける。ソルベンシー管理にはボンディングカーブを用い、プールの資産・負債状況に応じて NXM の価格を自動調整することで、保険会社のバランスシート運営をスマートコントラクト上で模した形になっている。
2024年末時点で、Nexus Mutual の資本プールはおよそ2億ドル(ETH建てベース)規模とされる。このプール規模が、個々のプロトコルごと・カバーごとの引き受け上限を決める制約条件となる。一方で、Nexusはイノベーションも進めており、特定のリスクに対して会員が個別にステーキングし、より高い利回りを得られる「シンジケート」型プールを導入した。これはロイズ保険市場におけるシンジケートと「ネームズ」の仕組みに近く、創業者のヒュー・カープ氏も、Nexus会員をロイズの投資家になぞらえ、「リスクを引き受けることでリターンを得る存在」と位置づけている。
トラックレコードも注目に値する。2019年の立ち上げ以降、累計約50億ドル超のカバーを引き受け、2020年のMakerDAOショックや複数の取引所ハックなどを含め、約1,800万ドルを支払ったとされる。こうした支払い実績は、会員制ミューチュアル型モデルが実際に機能し得ることを示している。評判維持にインセンティブを持つ会員が多いこともあり、正当な請求に対しては概ね支払いに賛成票が投じられてきた。
もっとも、批判も存在する。NXM保有者は資本プールを共有しているため、「支払いを減らして損失を抑えたい」という方向にバイアスがかかり得る、との指摘だ。このインセンティブのねじれは、競合の Risk Harbor などからも問題として挙げられている。実際、2020年にはbZxハックをめぐり、約款上の技術的な要件を満たさないとして当初は請求を拒否し、コミュニティの反発を招いたケースもあった。その後Nexusは約款表現の見直しを行い、2021年のYearn Finance のエクスプロイトでは約240万ドルを支払うなど、複数の大型案件で支払いを実行している。
ガバナンスと保険金査定プロセスは、分散型保険における中核的な論点だ。Nexusでは、トークンをステークした請求査定者による定足数と多数決で判断し、誤った否決があった場合には、理論上はガバナンスによる差し戻しも可能とされるが、実際に発動されるケースは多くない。また、規制面の慎重姿勢からKYCを必須とし、米国居住者をジオブロックするなど、加入自体はパーミッションレスではない。運営は分散型だが、アクセス面では一定の制約があるモデルといえる。
InsurAce:マルチチェーンとポートフォリオ型カバー
2021年初頭に始動した InsurAce は、DeFi保険プロトコルの中でも有力プレイヤーの一つだ。ユーザーフレンドリーなマルチチェーン保険プラットフォームを標榜し、Ethereumから出発した後、Binance Smart Chain、Polygon、Avalancheなど複数チェーンへ展開した。
InsurAce の特徴は、複数のプロトコルや資産を一括してカバーする「ポートフォリオ型カバー」を提供する点にある。ユーザーは1つの契約で複数のリスクをまとめて担保でき、保険料の最適化につながるという触れ込みだ。ガバナンスや資本提供者、査定人への報酬にはネイティブトークンの INSUR を用いている。保険金請求の可否も、INSUR をステークしたコミュニティによる投票で決める仕組みで、Nexusに近い設計ながら、自前トークンを中心に据えている。
InsurAce の転機となったのが、2022年5月の Terra UST デペッグ危機だ。同社は「USTデペッグ」カバーを販売しており、USTが一定水準を割り込んだ場合に支払う契約が多数存在した。USTが事実上崩壊すると、InsurAceは迅速に対応し、デペッグ発生日から48時間以内に請求プロセスを開始。最終的に155件の請求に対し、約1,200万ドルを支払ったとされ、承認率は98%に達したと公表している。このスピード感ある対応は、InsurAce の信認向上に寄与したとみられ、Cointelegraph なども「USTホルダーの“救済者”」といったトーンで報じた。
一方で、この事案を巡っては批判も噴出した。通常15日としていた請求受付期間をUSTカバーだけ7日に短縮すると突如発表し、一部ユーザーが不意を突かれた格好になったからだ。「支払いを抑えるために締切を早めたのではないか」といった疑念が生じ、自己都合のガバナンス判断との非難も浴びた。InsurAce側は「非常事態下でのやむを得ない措置」と弁明したが、分散型保険であっても、ガバナンス判断の透明性と受益者との信頼関係が極めて重要であることを浮き彫りにしたと言える。
Terra危機後、InsurAceは累計で約3.4億ドル相当の資産、140以上のプロトコルをカバーし、ユーザー数は数千規模に達したと報告している。その後も「InsurAce v2」と銘打ち、トークノミクスや機能を見直すアップデートを続けている。
Risk Harbor:パラメトリック・カバーで「ノーガバナンス」志向
Risk Harbor は、既存プロトコルとは一線を画す哲学を掲げるプラットフォームだ。2021年半ばに、Pantera Capital や Coinbase Ventures などから出資を受けてローンチし、「保険金支払いの判断からガバナンスを排除する」ことを目指した。
Risk Harbor は、あらかじめスマートコントラクトに埋め込まれた客観的な条件を満たした場合に自動的に支払いが発生する「パラメトリック保険」型のDeFiマーケットプレイスである。たとえば、「特定プールのトークン価格がハックによりX%以上急落した場合に1ETH支払う」といった条件を契約時に定め、その判定ロジック(オンチェーンの価格指標や償還レートの変化など)をコード化する。条件が満たされれば、流動性プールから自動的に支払いが行われ、人手による投票や査定は一切介在しない。
Risk Harbor の創業者らは、裁量的な査定プロセスは必然的にバイアスを生むと主張してきた。すなわち、「ガバナンス投票で最終判断をする仕組みでは、支払う側の立場から『請求は正当ではない』とみなす方向に傾きやすい」という問題意識だ。その処方箋として、「ルールをあらかじめオンチェーンに固定し、条件を満たすか否かで機械的に支払う」アプローチを採用している。
こうしたパラメトリック保険は、伝統的保険でもハリケーンの風速や震度といった客観指標をトリガーにする商品で知られるが、DeFiの文脈では資産価格や償還可能性などがトリガーになり得る。Risk Harbor は当初、ステーブルコインのデペッグ(Terra崩壊後は Terra の保険プロトコル「Ozone」を引き継いだ)や、cUSDC のようなイールドトークンが1:1で償還できなくなるケースを対象としたカバーからスタートした。
同社は、保険購入者と引受人(アンダーライター)を結びつける二面市場を構築している。カバー購入者はプレミアムを支払い、引受人は流動性プールに資本を供給することでプレミアムと利回りを得る。引受人は「対象イベントが起きない」ことにベットする形となり、イベントが発生しなければプレミアムが利益になり、発生すればプールから支払いが行われ資本を失う。
Risk Harbor の革新性は、ユーザーにとって「信頼不要かつ即時の保険金支払い」を実現しようとする点にある。DAO投票の行方に不安を抱える必要がなく、条件が成立すれば自動で支払われるためだ。他方で、適切なパラメトリック・トリガーを設計するのは難易度が高い。条件が狭すぎると実際の損失をカバーしきれず(フォルスネガティブ)、広すぎると真に必要でないケースまで支払ってしまう(フォルスポジティブ)リスクがある。
Risk Harbor は、一部プロダクトでは外部オラクルへの依存を避けるため、「オンチェーンの償還可能性」をトリガーに用いる工夫もしている。たとえば、「イールドトークンが自己プロトコル上でX%以上の価値で償還できない場合に支払う」といった条件であれば、プロトコル内部の状態だけで客観的に判定でき、オラクルリスクを抑えられる。Pantera Capital の共同CIO、ジョーイ・クルーグ氏は、Risk Harbor が他社より資本効率に優れ得る理由として、「引受資本がカバーの裏付けとなる間も、一定のイールドを獲得できる点」を挙げ、バークシャー・ハサウェイが保険フロートを運用するモデルに近いと評価している。
Unslashed Finance:NFT化された保険ポリシーの実験
2021年に立ち上がった Unslashed Finance も、DeFiカバー領域で存在感を示したプロジェクトだ。中央集権型取引所ハック、プロトコルハック、ステーブルコイン・デペッグ、さらには暗号資産ヘッジファンドの清算リスクまで、幅広い商品ラインナップを掲げた。
Unslashed のモデルでは、引受人がさまざまな「リスクバケット」に資本を提供し、その見合いで保険料(プレミアム)を獲得することができる。同社は約200万ドルのシード資金を調達し、複数の著名プロトコルや取引所をカバーしたと報じられている。
ユニークだったのは、保険契約を即座にトークン化し、NFTとして発行するアプローチだ。ユーザーの保険ポリシーがNFTで表現され、二次市場での売買も理論的には可能になる。保険金請求の査定は、トークン保有者による多数決バイアスを避けるため、独立した外部委員による委員会方式を採用。見解が割れた場合には仲裁プロセスへエスカレーションする仕組みを整えていた。2021年の Cream Finance ハックでは実際に保険金支払いを行うなど、一定の実績も残している。
もっとも、直近ではプロジェクトの活動は目立たず、コミュニティからは資本引き出しの難しさなど課題も指摘されている。保険ビジネスは、十分な資本を確保して信認を得る一方で、十分な加入者を確保してプレミアム収入を積み上げる必要があり、「鶏と卵」のジレンマを抱えやすい。すべての先行プロジェクトがスケールに成功するわけではない現実を象徴する事例と言える。
Sherlock:監査+保証というB2Bモデル
Sherlock は、従来の消費者向けDeFi保険とはやや趣を異にするプレイヤーだ。主としてスマートコントラクト監査とバグバウンティを手がけるプラットフォームだが、その延長として、監査先プロトコルに対し「カバレッジ」を提供している。
ビジネスモデルはB2B色が濃い。DeFiプロトコルは Sherlock のセキュリティ監査を受け、その後、監査対象コードがエクスプロイトを受けて損失が発生した場合に、最大200万ドルまでを補填する「保証付き監査」の形でカバレッジを購入できる。プロトコルは保険料に相当する手数料を支払う一方、Sherlock 側はステーカーから拠出された資本プールを原資としてリスクを引き受ける。ガバナンスやインセンティブ設計にはネイティブトークンの SHER が用いられる。
Sherlock は、専門性の高いセキュリティエンジニアを抱え、自社が精査したプロトコルのみカバーすることで、リスク選別とインセンティブ整合を図っている。言わば「監査に保険的な保証を付ける」モデルだ。ただし、2023年3月の Euler Finance ハック(Euler は監査済みプロジェクトだった)など、自らのリスク引受姿勢が問われる事案にも直面しており、こうした出来事が今後のDeFi保険・保証モデル全体の評価にどう影響するかも注目される。SherlockがカバーしていたEulerの事案では、多額の保険金支払い義務が発生しかねなかった。幸いハッカーが大半の資金を返還したものの、このインシデントにより「Sherlockの準備金は簡単に吹き飛び得る」という脆弱性が露呈した(Sherlockのトレジャリー残高が急減し、ソルベンシー不安が意識されたとDLNewsは報じている)。Sherlockは、監査というリスク軽減サービスとインシュアランスを組み合わせ、より包括的なセキュリティパッケージとして提供するモデルの一例だ。
こうした分散型インシュアランスの主要プレイヤーを比較すると、以下のような特徴が見えてくる。
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取扱プロダクトの範囲:
分散型プラットフォームは、当初はプロトコルのハック(スマートコントラクト不具合)カバーからスタートし、その後、ステーブルコインのデペッグ、カストディアン/取引所のデフォルト、イールドトークンのカバーなどへ対象を広げてきた。Nexus MutualとInsurAceは、現在ではDeFiハックからCeFiインシデントまで、かなり幅広いリスクをカバーしている。一方、Risk Harborはステーブルコインやイールドトークン、ブリッジリスクといった特定のパラメトリック案件にフォーカスしてきた。より新しいコンセプトとして、PoSネットワークのステーカー向け「スラッシング保険」も登場しており、Ethereumステーキングを対象にしたChainproofなどがその一例だ。 -
カバレッジ上限:
典型的には、伝統的な保険に比べて規模は小さい。たとえばNexus Mutualは、1プロトコルあたり数百万ドル程度のカバーが中心だったが、最近導入したシンジケートモデルとブローカー連携の商品では、1リスクあたり最大2,000万ドル相当のオンチェーンカバーをうたっている。InsurAceもカバーごとに上限を設けており、ユーザー単位で見れば数百万ドル規模のアグリゲートにとどまるケースが多い。分散型プールは、エクスポージャー過多にならないよう慎重な資本管理が欠かせない。それに対し、ロイズ市場では前述の通り数億ドル単位のキャパシティが組成可能だが、その代わり伝統的市場での調達コストや手続きの煩雑さがトレードオフになる。 -
クレーム処理プロセス:
ここが大きな差別化ポイントだ。- Nexus Mutual:メンバーガバナンス型。請求はクレームアセッサー(NXMをステークし、不当な投票をするとスラッシュされる)が審査し、その後メンバー投票で決する。解決まで数日を要するのが一般的だ。
- InsurAce:クレームを専門チームが評価し、その後INSURステーカーによるコミュニティ投票で最終決定。UST崩壊時には、プロセス開始から実際の支払いまで約1カ月かかった。
- Risk Harbor:ガバナンスを介さない完全パラメトリック型。オンチェーン条件が満たされれば即時にペイアウト可能で、満たされなければ支払いは一切発生しない。UST向けカバーでは、TWAP価格が所定条件を満たした時点で自動的に支払いが行われ、ほぼリアルタイム決済となった。
- Unslashed:第三者アセッサーと任意仲裁の組み合わせによるセミ・分散型モデル。
- Sherlock:チーム主導の判断で、中央集権型に近い運営となっている。
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トークノミクス:
これらのプロトコルはいずれも、ガバナンスとインセンティブを兼ねたトークンを発行している。- NXM(Nexus Mutual):ガバナンス参加に用いられ、ミューチュアル全体の資本状況に応じてダイナミックに価格が変動する。会員制であり、原則としてミューチュアルのメンバーしかNXMを保有できない(外部取引所向けにはラップドトークンが存在するが、本来の変動価格メカニズムは反映されない)。
- INSUR(InsurAce):一般的なERC-20で、リワードと投票権を付与。価格はマーケットで自由に変動する。
- Risk Harbor:立ち上げ当初はトークンを前面に出さず、スマートコントラクトそのものに注力した点が特徴的だ。将来的にプラットフォームパラメータのガバナンス用トークンを導入する可能性はあるが、クレーム判断自体はトークンホルダー投票に依存しない設計を志向している。
多くのインシュアランストークンは、初期の盛り上がりの後、価格が下落・ボラティリティが高まる傾向が見られた。保険ビジネスは本質的に成長が緩やかである一方、資本提供者(アンダーライター)にトークンを報酬として配布するインフレ構造が、十分な保険料収入で裏打ちされないとトークン価格の重しになりやすい。
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ユーザーの信頼と透明性:
分散型プラットフォームは、カバー対象プロトコルや提供キャパシティ、クレーム履歴や財務指標をオンチェーンで公開するケースが多く、これは伝統的保険ではほとんど見られないレベルの透明性だ。ユーザーはいつでもプール残高やエクスポージャーの状況を確認できる。信頼は、正当なクレームを実際に支払うことで醸成されており、Nexus MutualやInsurAceは支払い実績で一定の信頼を獲得してきた一方、投票者に支払い抑制のインセンティブが働き得るという構造的な懐疑も根強い。Risk Harborのように判断を完全自動化するモデルは、こうした「人への信頼」問題を回避しようとするものだが、その代わりユーザーは定義された数式・オラクルが想定シナリオを十分にカバーしているかを信頼しなければならない。また、皮肉なことにインシュアランスプロトコル自身のスマートコントラクトリスクも無視できない。2020年末には、Nexusとは別のインシュアランスDAOであるCover Protocolがハックを受け、実質崩壊した事例があり、「保険者自身のセキュリティ」がDeFiでは重大リスクであることを印象付けた。現時点でNexus、InsurAce、Risk Harborは大規模なハックを受けていないものの、ユーザーは依然としてこの点を意識しており、それが「規制を受け、バランスシートと法的義務を持つ伝統的インシュアラーの方が安心だ」と考える理由の一つにもなっている。
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規制・会員制の位置づけ:
Nexusを除く多くの分散型インシュアランスはKYC不要でグローバルにオープンだ(もっとも、一部法域のユーザーは自己判断で利用を控える場合もある)。Nexus Mutualは英国のミューチュアルとして法的枠組みを選択したためKYCを必須としており、DeFiピュリストにとっては障壁だが、その分一定の規制上の安定性を確保している。他方で、多くのプロトコルは典型的なDeFiプロジェクトと同様の「許可不要」モデルで運営されており、将来的に「無免許の保険業」に該当するかといった規制上の論点が浮上する可能性がある。「インシュアランス」ではなく「カバー」や「相互扶助」と位置づけることで、保険規制の適用外と主張する向きもあるが、スケール拡大に伴い当局からのチャレンジを受ける余地は残る。
実務面では、多くの暗号資産ユーザーは依然として、こうしたDeFiインシュアランスの存在すら十分認知していない。DeFiに深く関与するユーザーの一部は、イールドファーミングのリスクヘッジやDAOトレジャリー保全の一環として、カバー購入を戦略に組み込むようになりつつある。注目すべき動きとして、インテグレーションの進展がある。たとえばNexus Mutualのカバーは、YearnのアプリやArmorのようなアグリゲーター経由で購入可能になっており、ArmorはNexusのカバーを小口に再パッケージすることで利用しやすくしてきた。また、OpenCoverの「Base DeFi Pass」のように、Baseネットワーク上の複数プロトコル向けカバーをワンパッケージ化し、Nexus Mutualの保険を裏で埋め込む構造も登場している。こうした「埋め込み型分散インシュアランス」は今後さらに進むとみられ、理想的にはプロトコル利用時のワンクリックでカバー付与まで完結するようなユーザー体験が志向されている。
中央集権型と分散型のプロバイダーを比較すると、それぞれ明確な長所と短所がある。中央集権型インシュアラーは、法的拘束力を持つ保険契約を提供し、万が一支払いが行われない場合には訴訟という選択肢も理論上は存在する(現実にはハードルは高いが)。一方、分散型カバーはコミュニティ内の約束としての色彩が強く、特にパラメトリック型では支払いが非常に迅速である場合が多い。さらに、伝統的インシュアラーが手を出しにくい最先端リスク(特定のDeFiエクスプロイト類型など)も対象にできる柔軟性を持つ。支払い通貨の面でも、分散型は通常オンチェーンで暗号資産によるペイアウトを行うため、オンチェーンで発生した損失との整合性が取りやすい。ロイズなど伝統的保険はフィアット建てが基本だが、暗号資産建て支払いの検討も一部では進みつつある。
資本力という観点では、大手保険会社やシンジケートの方が安心感を与えやすい。彼らは規制を受け、ソルベンシー規制や再保険などにより資本基盤が支えられている。一方、DeFiミューチュアルのプールは、多発ハックなどのストレスシナリオでは枯渇し得る。Nexus Mutualのようにステーキングと部分的ペイアウト設計で同時多発クレームの影響を緩和しようとするモデルもあるが、真にシステミックなイベントが発生した場合には、いかなる保険者であっても限界に直面する可能性がある。
興味深いハイブリッド案として、DeFiプラットフォームを伝統的インシュアラーが再保険ないしバックストップするスキームが挙げられる。現時点では実例は多くないが、将来的には「一定水準までの損失はDeFiミューチュアルが負担し、それを超えるカタストロフィック損失は伝統的再保険会社が引き受ける」といった二層構造も十分考えられる。これにより、オンチェーン型ディストリビューションの効率性と、伝統的再保険の「厚い資本」を組み合わせることができる。
総じて見ると、暗号資産インシュアランス市場はきわめて多様化している。一方ではロイズのアンダーライティングルームでデジタルアセットリスクが議論され、他方ではDAOがトークン投票でクレーム支払いを決めている。ロイズは「引き受けが難しいリスク」を数百年にわたって扱ってきた実績を持ち、Nexus Mutualは伝統的アクチュアリーよりもスマートコントラクトリスクを肌感覚で捉えられる「クリプトネイティブ」な知見を持つ。それぞれが異なる強みを提供している。
利用者の立場からは、プロバイダーの信頼性とキャパシティを見極めることが重要だ。これまでにどれだけのクレームを支払ってきたか、履行実績を確認することは信頼度の大きな指標となる。また、自身のエクスポージャー規模に対して、カバー上限が十分かどうかもチェックしたい。ポートフォリオの分散と同様に、インシュアラーの分散も有効だろう。たとえば、コールドストレージの長期保管リスクにはロイズ引受のポリシーを用い、DeFiポジションについてはNexus Mutualのカバーでヘッジするなど、レイヤーごとに異なるプロバイダーを組み合わせるアプローチも考えられる。
こうして、暗号資産インシュアランスのプレイヤーとそのビジネスモデルを俯瞰したところで、次に注目すべきは規制環境だ。インシュアランスは真空状態で存在するわけではなく、各国・地域の法律や規制が提供可能なカバレッジの内容を左右し、ときには暗号資産ビジネスに対しインシュアランス加入自体を義務付けることさえある。
米国・欧州・アジアの規制フレームワークをどう読み解くか
暗号資産インシュアランス市場が拡大するなかで、このビジネスは各法域で進化しつつある規制の「影」の下で展開されている。保険業規制と暗号資産全般の規制の双方が関与する領域だ。ここでは米国、欧州(EU・英国)、アジアという主要地域が、暗号資産インシュアランスや関連するリスク開示をどう扱いつつあるのかを概観する。
米国:米国連邦レベルでは、暗号資産に特化したインシュアランス規制はまだ存在しないものの、リスク管理・セーフガードに対する当局の関心は着実に高まっている。米規制当局は、暗号資産が銀行預金や証券口座のような自動的な保護の対象ではないことを繰り返し強調してきた。たとえばFDIC(連邦預金保険公社)は、暗号資産を一切保険対象としていないと明言しており、一部の暗号資産企業に対して、あたかもFDIC保険が暗号資産にも及ぶかのような表現をやめるよう是正を命じたケースもある。代わりに、暗号資産関連で…保険は民間の任意加入の商品が中心となっている。
米国の保険監督面では、州保険当局を束ねる全米保険監督官協会(NAIC)が慎重姿勢を崩していない。NAICは、ボラティリティが極めて高いとの理由から、米国で規制を受ける保険会社が暗号資産をバランスシート上で保有することを、ごくわずかな枠を除き事実上禁じている。そのため、暗号資産リスクを本格的に引き受けられる保険会社は限定される。結果として、米国における暗号資産関連保険の大半は、規制の裁量が広い超過・特殊保険市場(E&Sライン)で引き受けられており、バミューダやロンドンなどに拠点を置くスペシャリティ保険会社が、規制負担の軽い枠組みのもとで「変わり種リスク」をカバーする商品を提供している。
一方、ニューヨーク州のように、BitLicense制度により暗号資産事業者を直接監督する州では、暗黙の形で保険付保を促している。ニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)のBitLicense向けガイダンスでは、顧客資産の損失に備えた忠実保証保険やその他の保険を保持すべきだと示唆しており、実務的にも多くのBitLicense取得企業が何らかの保険を付保している。NYDFSがコインベースなどにライセンスを与えた際にも、カストディ資産に対する保険体制が評価項目として明示された。
規制要件は徐々に細部へも組み込まれつつある。証券取引委員会(SEC)は、暗号資産カストディを行う証券会社や投資顧問会社向けルールの中で、カストディアンが暗号資産損失をカバーする保険を保有しているかどうかの開示を求めている。また、SECが初のビットコイン先物ETFを承認した際には、目論見書に「暗号資産は株式のようにSIPCによる保護対象ではない」ことを警告する一方、カストディアンやファンド自身が保有する任意保険の内容を記載するよう義務付けた。こうした開示強化の流れは一貫しており、規制当局は投資家・利用者に対し「セーフティネットがあるのか、ないのか」を明確に理解させることを重視している。
さらに、米国の金融当局の間では、保険の欠如そのものがシステミック・リスクになり得るとの問題意識も高まりつつある。大統領金融市場作業部会(PWG)が2021年に公表したステーブルコイン報告書では、発行体に対し銀行預金保険に類似した保護を求めることで取り付け騒ぎを防ぐべきだと提言し、実質的に準備資産に対する保険や公的保証の必要性を示唆した。まだ具体化には至っていないものの、立法案は相次いでおり、2025年に取り沙汰されている「Genius Act」もステーブルコインや一部暗号資産取引のルール整備を目的としている。こうした法案が成立すれば、準備資産への保険付保義務や、少なくとも開示強化が盛り込まれる可能性が高い。
州ごとの制度を見るとバラつきは大きいが、暗号資産を扱う送金業者などに保証金(シュアティボンド)や保険を求める例も増えている。たとえば、ロードアイランド州の「デジタル資産ビジネス法」では、ライセンス取得業者に顧客の利益のための保証債券や信託口座の維持を求めており、事実上の保証基金として機能させている。場合によっては保険で代替することも可能だ。暗号資産特化型の銀行免許(SPDI)を導入したワイオミング州では、こうした銀行に対し、安全性・健全性の観点から特定のオペレーショナルリスクについて保険加入を義務づけている。
総じて米国では、「エクスポージャー管理の不透明さ(とりわけ保険の欠如)」が機関投資家の本格参入を阻む要因になっているとの認識が広まっている。規制当局は企業に対し、保険の確保を促すと同時に、少なくとも保険の有無と内容を投資家に明示するよう求めている。2024~2025年にかけて暗号資産関連の包括的な法律が成立すれば、一定の事業者に対し保険あるいは同等の保護メカニズムを義務づける条項が盛り込まれる公算が大きい。たとえば、ステーブルコイン発行体に準備金への保険付保確認書の提出を求めたり、取引所にホットウォレット残高の一定割合の保険付保を義務づけたりするようなイメージだ。
同時に、トークンの一部を証券またはコモディティとして位置づけ、個別のルールを与えるなど、暗号資産の法的性格が明確になれば保険引き受けは進みやすい。規制枠組みが固まれば、保険会社は想定すべきリスクと責任範囲を明確に描けるからだ。実際、2024年後半にSECや商品先物取引委員会(CFTC)が新法待ちの構えから厳格な執行をやや後退させたことは、業界関係者の間で暗号資産ビジネス全般、ひいてはその保険マーケットにも「追い風」として受け止められている。いわば、「交通ルール」が整うほど保険会社は参入しやすくなる、という構図である。
欧州連合(EU)および英国:
EUでは2023年に「MiCA(Markets in Crypto-Assets)」規則が成立し、暗号資産に関する世界初の包括的な法制度が整った。MiCAは、暗号資産発行体、暗号資産サービスプロバイダー(CASP:取引所やウォレット事業者など)、およびステーブルコインを包括的にカバーする。ただし、保険加入を一律に義務づける内容にはなっておらず、代わりに厳格な自己資本規制やリスク開示義務を課している。
たとえばCASPは、顧客資産の分別管理や保全のための手続きを整備し、その一環として、とくにカストディ業務を行う場合には「保険または同等の補償スキーム」を用意するよう各国当局から求められる可能性がある。具体的な要件や水準は加盟国に委ねられる部分があるものの、MiCAが全体の方向性を示す役割を果たしている。
一部のEU加盟国はMiCA以前から独自に類似の枠組みを設けてきた。たとえばドイツでは、連邦金融監督庁(BaFin)が暗号資産カストディ業者にライセンスを付与する際、一定の自己資本水準を要求するとともに、法定義務ではないものの、保険や保証スキームを備えることが市場慣行として定着しつつある。フランスでは、金融市場庁(AMF)が任意の暗号資産ライセンス制度を運用しており、その中で業務賠償責任保険(PI保険)の付保を推奨するケースも見られる。
MiCAで明示的に規定されているのが、「資産連動型トークン」(いわゆるステーブルコイン)発行体の開示義務である。発行体はホワイトペーパーの中でリスク要因や免責事項を詳細に説明し、とくに「当該トークンはEUの預金保証制度の対象外である」ことを明確に記載しなければならない。つまり、銀行預金のような公的な保護は一切なく、発行体が任意に保険を提供しない限り利用者にはセーフティネットが存在しないことを、あえてはっきり示すよう求めているわけだ。従来のEU金融制度では、特定の投資サービスについては投資家補償制度の対象となるが、MiCAのスコープにある暗号資産は現時点では対象外とされる方向である。その結果、暗号資産に関する保険は基本的に民間の任意保険に限られ、MiCAは「安全網がないこと」を透明化することで、逆に各社に民間保険の導入を促す圧力として機能している。
EU離脱後の英国も、独自の道を歩んでいる。2023年に成立した「金融サービス・市場法(Financial Services and Markets Act 2023)」により、一部の暗号資産関連業務が正式に規制対象に組み込まれ、とくにステーブルコイン決済の監督が容易になった。金融行為監督機構(FCA)は現在、暗号資産の広告・勧誘や事業運営に関するルール案を相次いで公表しており、保険義務化までは踏み込んでいないものの、消費者保護を最重視するスタンスを鮮明にしている。
具体的には、暗号資産企業に対し広告やウェブサイト上での明確なリスク警告表示を求め、「暗号資産は金融サービス補償機構(FSCS)や金融オンブズマン制度の保護対象ではない」といった文言を記載させる方針を示している。FSCSはいわば英国版FDICに相当する補償スキームだが、暗号資産はそのカバー範囲外である。今後、英国がMiCAに類似した独自制度を構築する過程で、消費者保護の一環として保険の活用が議論される可能性はある。たとえば、大手取引所に対し、顧客資産損失に備えて一定額の保険または自己資本を確保することを求めるといった方向性だ。
ロンドンは保険市場としての地位が高く、規制当局も暗号資産保険の実務動向を注視している。ロイズ市場自体、イングランド銀行や監督当局と連携しながら暗号資産リスクへの対応策を検討しており、ロイズのアンダーライターであるArch社のジェームズ・クルーム氏は、暗号資産の市場採用拡大と規制要件の明確化が、ロンドンにおける暗号資産保険ニーズの高まりにつながっていると指摘する。同氏によれば、デジタル資産の取引・カストディに関する規制が高度化し、対象範囲も広がっていることで、必要なコールドストレージ比率や監査義務などの「ベンチマーク」がはっきりし、保険商品の設計がしやすくなっているという。ルールが固まるほど保険引き受けが容易になるという構図は、英国でも共通だ。
アジア:
アジアは各国のスタンスの差が大きいが、ここでは香港、シンガポール、UAE(中東だが広義の西アジア)、日本に絞ってみていく。
・香港
香港はここ数年で、かつての慎重姿勢から一転し「暗号資産フレンドリーな金融センター」としての地位確立を目指している。証券先物委員会(SFC)は2023年6月から、バーチャル資産取引プラットフォーム(暗号資産取引所に相当)向けの新たなライセンス制度を施行した。この枠組みの中で、香港は保険の位置づけについて明確なメッセージを打ち出している。すなわち、ライセンスを受けた取引所には、顧客資産の一定割合について保険を付保することを求めてきたのだ。
SFCは従来、監督下に入る暗号資産取引所に対し、ホットウォレットとコールドウォレットの双方について保険を維持するよう要求してきた。実態としては、ホットウォレットからの盗難リスクに備える犯罪保険の付保を事実上義務づける形となっている。また、顧客資産の少なくとも98%をコールドストレージで保管するよう求め、当初はコールド資産について時価の50%、ホット資産については(比率が小さい前提から)ほぼ100%の保険カバーを期待していた。極めて厳格な設計であり、業界側にはとくにホット部分の引き受け先を見つけることが大きな課題となった。
こうした事情を踏まえ、香港当局も柔軟姿勢を見せ始めている。SFCは、98%という固定的なコールド保管比率の見直しや、「保険水準を国際スタンダードに合わせる」方向性を示唆しており、固定パーセンテージではなくリスクに応じた要件へ移行する可能性が高い。たとえば、コールド資産の50%を一律に保険でカバーさせるのではなく、取引所ごとのリスクプロファイルに応じた保険または自己資本の組み合わせで損失吸収能力を示させるようなアプローチが検討されているとみられる。それでも、保険を暗号資産投資家保護の中核に位置づけ、法令上の義務としている点で、香港は世界でも数少ない「暗号資産保険義務化」先進事例の一つと言える。
また、香港では暗号資産関連企業の上場や既存金融との統合が進むにつれ、取締役・役員賠償責任保険(D&O保険)へのニーズも高まっている。規制強化や訴訟リスクの増大を見越し、経営陣の個人責任リスクに備える動きが強まっており、当局も暗号資産企業のガバナンス強化の一環としてD&O保険の活用を注視している。
・シンガポール
シンガポールも主要な暗号資産ハブだが、アプローチは香港とは異なる。シンガポール金融管理局(MAS)は2023年にルールを改正し、デジタル決済トークン(DPT)サービス・プロバイダーに対し、顧客資産の分別管理と、資産の大宗(少なくとも90%)をコールドストレージで保管することを義務づけた。ただし、MASは現時点では暗号資産事業者に対し保険加入を直接義務づけるところまでは踏み込んでいない。保険によるカバーそのものを義務付けるのではなく、多くの顧客資産をオフライン管理(かつ、リスクの高い利回り運用から切り離す)させることで、損失発生の可能性を抑えようとしている。MASは当初、顧客資産について保険付保や信託口座によるクッションを義務付ける案も諮問したが、最終的には分別管理とアセット・メンテナンス要件(一定額の流動資産バッファ保有義務)を選択した。一方で規則は、保険が付されていない事実、そして分別管理されていても破綻時に完全な保護にはならない可能性を、事業者が顧客に明示することを求めている。これを受け、シンガポールの多くの暗号資産企業は、顧客への安心感を高めるため、ホットウォレットに相当する約10%部分について任意で保険を付保する動きを強めている。
実務面では、シンガポール拠点の取引所の中には保険スキームを公表するところも出てきた。例えばシンガポールに本拠を置くCrypto.comは、コールドウォレット向けに7億5,000万ドル規模の保険を確保したと大々的に打ち出しており、これは同社のグローバル事業全体をカバーしているとみられる。MASのスタンスは「予防的な規制重視」であり、コールドストレージや厳格な内部統制によって資産を安全に保管させ、そのうえで保険は任意の補完レイヤーと位置付ける格好だ。FTX破綻など一連の崩壊事案を受け、MASは投資家保護リスクの警鐘をこれまで以上に鳴らしており、暗号資産関連広告には「投下資金の全額を失うおそれがある」といった強いリスク開示を義務付けている。こうした透明性の強化は、逆に真剣な事業者に「もっともな懸念だが、当社はXYZまで保険でカバーしており、その一部を軽減している」とアピールさせる誘因にもなっている。
- アラブ首長国連邦(ドバイ):UAE、とりわけドバイのVARA(Virtual Assets Regulatory Authority)は、暗号資産規制の中核要素として保険を組み込もうとする最も積極的な当局の一つだ。ドバイのVASPs(暗号資産サービスプロバイダー)規制では、認可を受けた暗号資産取引所やカストディアンに対し、特定の保険契約の締結を明示的に義務付けている。VARAは、ハッキング、窃盗、内部不正などに備えたカストディ資産の保険を求めるほか、必要に応じてプロフェッショナル・インデムニティ(専門職業賠償責任保険)やD&O保険(役員賠償責任保険)などの付保も求めている。要するに、ドバイでライセンスを取得する暗号資産企業は、VARAが承認する保険プログラムを提示しなければならない。
UAE中央銀行も、デジタル資産カストディに特化したリスク保険の考え方を原則として支持しており、その結果、現地市場では「ビスポーク保険」を巡る争奪戦が生じている。UAE当局者は、数百社にのぼるスタートアップがライセンスを申請する中で「暗号資産向けのテーラーメイド保険への緊急需要」が生じていると指摘する。規則の段階で保険を制度に組み込むことで、UAEは「ライセンス保有業者には保険付保を義務付けており、資金の安全性は相対的に高い」とアピールし、機関投資家ビジネスの誘致を図る戦略だ。今後VARAは、必要最低限の保険金額や認められる保険会社の範囲など、細部の要件をブラッシュアップしていくとみられるが、少なくとも「保険を規制アプローチの柱とする」方向性は明確だ。
- 日本:日本はMt.Gox事件を受け、2017年にいち早く暗号資産交換業の登録制を導入した国の一つである。日本の規制では、交換業者に対し一定のセキュリティ対策を求めるだけでなく、盗難などによる暗号資産の流出が生じた際には顧客に損失を補償することを求めており、実質的に「自己資本による自家保険」か「外部保険の購入」のいずれかを迫る構造となっている。実際、国内の一部交換業者は保険商品を導入しており、例えば三井住友海上火災保険は2019年、日本の暗号資産交換業者向けに最大約1,000万ドル規模の損失をカバーする保険商品を提供し始めたと報じられている。
2018年に約5億3,000万ドル相当のNEMが流出したコインチェック事件を受け、金融当局は一段と強固なセーフガードを求めるようになった。同社の買収後、取得企業は一部をカバーする保険契約を有していたことを明らかにしたものの、顧客の損失は最終的に自社資金で全額補償している。こうした経緯から、日本では明文で「保険義務」を規定しているわけではないものの、実務上は「顧客損失を原則として全額填補する」という厳格な期待が交換業者に課されており、その前提として十分な自己資本か保険による裏付けが不可欠となっている。また、日本では交換業者に対し、顧客資産に対する一定比率の準備金を維持する法的義務も課されており、暗号資産の損失に備えてより多くの法定通貨準備を積むケースも多い。これは、事実上の「疑似保険」メカニズムとも言える。
- アジアその他地域:韓国では、ローカル取引所のトラブルが続いた2021年前後に、交換業者に対し一定額の保険加入を義務付ける法案が検討された。草案段階では、最低30億ウォン(約250万ドル)程度の保険を義務付ける案が示されたが、大規模ハッキングを踏まえれば十分とは言い難い水準だ。その後の成否は定かでないものの、UpbitやBithumbなど主要取引所は一定の保険を確保している(多くは500万ドル程度とされ、膨大な預かり資産からすれば象徴的な水準にとどまる)。
オーストラリアでは、WTWのレポートで示されたように、暗号資産規制を本格化させつつあり、提案内容では暗号資産交換業者やカストディアンを金融サービス事業者として扱う方向性が示されている。その場合、他の金融業と同様にプロフェッショナル・インデムニティ保険の加入義務が生じる公算が大きい。オーストラリアでは既に金融アドバイザーや取引プラットフォームにPI保険が法的に義務付けられており、暗号資産ビジネスについても、ライセンス制への移行に伴い、保険加入が事実上の標準(義務、もしくは強い行政指導)となっていくことが見込まれる。
- リスク開示の強化:もう一つの流れとして、「暗号資産が従来金融のような公的セーフティネットを持たない」点を明示させる規制が各国で加速している。EU、英国、米国、シンガポール、香港などは、暗号資産の広告や顧客オンボーディングの際に、「銀行預金保険や政府保証の対象ではない」といった文言の表示を求める、あるいは求める方向で制度設計を進めている。一見するとネガティブな規制のようだが、結果として「当社は一方で民間保険によりXYZ事象について一定の保護を提供している」と訴求したい事業者には差別化の材料となる。こうした規制強化により、投資家側の意識も「この取引所は保険に入っているのか。入っているとすれば上限はいくらで、どのようなリスクがカバーされるのか」といった具体的な問いへと向かいやすくなっており、間接的に業界全体の保険活用と透明性向上を後押ししている。
総じてみると、各国の規制フレームワークは、暗号資産リスク管理の“足場”を少しずつ築きつつある。香港やUAEのように、ライセンス要件の中に保険を組み込む国もあれば、米国やEUのように、現時点では透明性確保や慎重なリスク管理を促すことに重きを置き、今後の法整備の進展に応じて保険義務化を視野に入れる国もある。いずれにせよ、コンプライアンス対応が保険需要を生み出し、その結果として暗号資産保険市場は裾野を広げつつある状況だ。
他方で、規制目的と市場の受け皿のバランスをどう取るかは依然として難題である。香港のように、ホットウォレットの全額保険付保といった、現実には十分な引き受け余力が存在しない条件を課した場合、業界の発展そのものを阻害しかねない。こうした反省を踏まえ、将来的には国際的なベストプラクティスが形成され、業界団体や政府が関与する形で相互扶助的な保険プールが構想される可能性もある。例えば一部の法域では、複数取引所が拠出する「取引所破綻保険ファンド」を創設し、投資者保護基金のようなスキームを整備する構想が議論されている。しかし、そうした枠組みが整うまでは、各社が民間保険を個別に確保し、各国当局はそれを義務付けるか、あるいは強く奨励するスタイルが当面続くとみられる。
以上を踏まえると、暗号資産保険セクターは規制から独立して存在しているわけではなく、コンプライアンス要件、開示義務、消費者保護の強化といった要素が密接に絡み合いながら形成されていることが分かる。次節では、この市場が依然として抱える課題――構造的な非効率性から技術的リスクに至るまで――を整理し、セクターが本格的に成熟するために克服すべきポイントを探っていく。
暗号資産保険市場が抱える課題
暗号資産保険はここ数年で大きく前進したものの、依然として伝統的な保険とは質的に異なる難題に直面している。その一部は暗号資産というアセットクラスの性質に根差したもの、また一部は暗号資産保険セクター自体が黎明期にあることに起因する。本稿では、資本効率の低さ、オラクル操作リスク、ガバナンスのハードル、再保険の制約など、いくつかの主要課題を取り上げる。
資本効率の低さ
保険ビジネスは、将来の損失に備えて資本をプールするモデルだが、効率的な運営のために「1ドルの保険金額に対して1ドルの準備金(100%裏付け)」を持つ必要はない。損失が同時多発しないことを前提に、大数の法則やポートフォリオ分散を活用し、実際にはより低い資本比率で引き受けるのが一般的だ。加えて、極端な事象については再保険で備える。
これに対し、とりわけ分散型の暗号資産保険では、これまで資本の活用度合いが相対的に低かった。初期の暗号資産ミューチュアルは、ほぼフルファンディング型のモデルを採用しており、例えば1,000万ドル分のカバーを販売するのに、Nexus Mutualがほぼ同額以上の資本をプール内に確保する必要があった。十分な過去データに乏しい中、保守的に設計せざるを得なかった結果、保険料はカバー額に対して割高となり、成長はプールにどれだけ資本を呼び込めるかに大きく制約された。
さらに、ボラティリティも資本効率を損なう要因となる。プール資産をETHのような暗号資産で保有している場合、その価格が50%下落すれば、引き受け済みポリシーに対する裏付け水準は一気に不足状態に陥る。Nexusのボンディングカーブは、トークン価格を調整し、資本が十分に積み上がるまで新規カバーの販売インセンティブを抑制する仕組みを組み込んでいるが、それでも資本水準の維持は綱渡りに近い面がある。
こうした課題に対し、いくつかのイノベーションも生まれている。Risk Harborは、アンダーライターがステークした資産から利回りを得つつ、その資産を保険の裏付けにも用いることで、資本効率を高めるモデルを志向している。例えば、アンダーライターの資本をAaveなどの利回り戦略に預け入れ、クレーム発生までの間は追加リターンを得るといった設計だ。また、支払いを一定割合に限定するパラメトリック型(条件連動型)カバーを用い、100%ではなく損失の90%までを補償対象とすることで、プール全体の最大負債を抑え、必要準備金を減らすアプローチもある。
とはいえ、根本的な問題は「暗号資産市場のリスク規模に対し、保険として動員可能な資本が圧倒的に不足している」という点だ。推計では、暗号資産全体のうち保険でカバーされているのは1~2%程度に過ぎないとされる。その背景の一つとして、保険者側が慎重姿勢を崩していないことが挙げられる。十分なデータがない段階で多額の資本を投じなければならない点も、大きな制約だ。ある業界紙が指摘するように、「保険金支払実績もベストプラクティスも蓄積がないため、現行の保険はほぼすべてオーダーメードで、補償内容も複雑だ」。その結果、引き受け側は安全マージンを厚く取らざるを得ず、多額の資本と高い保険料を要求する構図になっている。もっとも、時間の経過とともに損害データが蓄積されれば、料率算定モデルは洗練され、資本効率も徐々に高まるはずだ。かつてサイバー保険が高額スタートだったものの、データ蓄積とモデル改善により徐々に最適化されていった経緯とよく似ている。
資本調達という観点から見ると、課題はさらに際立つ。クリプト保険型ミューチュアルの多くは、コミュニティの投資家がステーキングする暗号資産を主要な資本源にしているが、彼らは本来他でイールドファーミングできることを踏まえ、極めて高い期待リターンを求める。一方、伝統的な保険会社は、リスクプロファイルが相対的に低いことを前提に、1桁台の利回りで満足する世界的な資本市場から巨額の資金を呼び込める。このギャップをどう埋めるかが難題となっている。
そのブリッジとして有望視されているのが、クリプト版「保険リンク証券(ILS)」の構想だ。暗号資産関連の保険リスクを債券のような証券にパッケージし、年金基金やILSファンドが投資可能にするイメージである。すでにサイバーリスク向けのILSストラクチャーは立ち上がりつつあり、同様の枠組みが暗号資産ハッキングにも適用される可能性が議論されている。検索結果のスニペットには、クリプト関連ILSで5億ドル規模のポテンシャルに触れる記述もあり、投資家サイドの関心は一定程度うかがえる。
もし、ILSや再保険を通じてクリプトリスクを外部投資家が受け入れられる形に「翻訳」できれば、この分野に一気に資本が流入し、効率は飛躍的に改善する可能性がある。そうなれば、DeFi保険プロトコルは、これまでのように「クリプトクジラ」の過剰担保に頼らず、リスクの一部をプロフェッショナルな市場にオフロードできるからだ。現状では資本効率の悪さが保険料水準を押し上げており、大口補償では年率で保険金額の2〜5%といったプレミアムを要求されるケースもある。これは、伝統的な金融分野の類似補償と比べても高い水準だ。高度なリスクモデリングと外部資本の導入によって、このコストをどこまで圧縮できるかが今後の焦点となる。
■オラクルとデータ信頼性リスク
とりわけパラメトリック型補償を中心とするクリプト保険では、オラクルやデータフィードへの依存が特殊なリスクを生む。保険金支払い判断をオンチェーン・オラクルに委ねる場合、そのオラクル自体を標的とした操作や障害が起こり得るからだ。例えば「特定トークンの価格が0.50ドルを下回ったら自動で支払う」といった保険設計であれば、ポリシーを保有する攻撃者が、フラッシュローンと流動性の薄い取引所を悪用して、一瞬だけオラクル価格を0.50ドル割れに誘導し、保険金を不正取得しようとするシナリオが想定される。
実際、DeFi全体ではこうしたオラクル操作型攻撃が現実のものとなっている。Chainalysisによれば、2022年だけで少なくとも41件のオラクル操作攻撃が発生し、被害総額は4億ドル超に達したという。保険専用プールを狙った事例はまだ公になっていないが、これは単に現在の保険プール規模が小さく、すべての攻撃者の関心が向いていないからにすぎない可能性もある。パラメトリック保険の品質はデータソースの品質次第であり、そこが攻略可能であったり、あるいは単にバグや障害を抱えていたりすれば、誤った支払い、あるいは本来支払うべき時に支払われない事態を招きかねない。
こうしたリスクを抑えるため、クリプト保険プロトコルはオラクル選定に神経を尖らせている。典型的には、瞬間的な価格スパイクを悪用されにくくするために、一定期間の時間加重平均価格(TWAP)を用いるほか、複数取引所からデータを集約するChainlinkのような信頼性の高いオラクルを採用するケースが多い。また、オラクルトリガーと人手によるバリデーションを組み合わせ、DAOガバナンスによる支払い拒否権を残す設計も見られる。
Risk Harborは、そもそも外部オラクルへの依存を減らすため、トリガーを直接プロトコルの状態に結び付けるアプローチを試みた。例えばCompoundのcToken交換レートといったオンチェーン指標を参照し、外部価格フィードを介さずに発動条件を決める手法だ(もっとも、これはプロトコル自体への攻撃による改ざんリスクを理論上排除できるわけではない)。いずれにせよ、オラクルリスクはこの分野にとって大きな課題だ。保険を自動化・トラストレス化すればするほど、逆に汚染され得るデータへの依存度は高まる。一方、人間の判断をあまりに厚く挟めば、再び信頼と中央集権の問題が顔を出す。バランスの取り方は難しい。
悪意ある操作にとどまらず、データ可用性そのものも論点となる。暗号資産市場は世界中で24時間ノンストップだが、保険プロトコルが依存するAPIやオラクルにはダウンタイムがあり得る。もし損失発生の証拠が必要なタイミングでオラクルが停止していた場合、どう取り扱うのか。伝統的な保険なら事後調査で事実認定ができるが、オンチェーン保険では事前に代替データソースやフォールバック条件をスマートコントラクトに規定しておかなければ、補償に空白が生じるリスクがある。一般ユーザーが意識しないようなこうした技術的ディテールを、開発チームは詰めざるを得ない状況にある。
■ガバナンスと保険金支払いの課題
分散型保険において、ガバナンス設計は利用者からの信認を左右する決定的な要素だ。メンバー所有型プラットフォームには、「トークン保有者がトレジャリー防衛のため、正当な請求を不当に退けるインセンティブ」が内在する。そのため、保険の根幹である「いざというときに支払われるのか」という約束が揺らぎかねない。
現時点までのところ、Nexus Mutualなど主要プロトコルで露骨なスキャンダルは起きておらず、市場から正当と見なされた請求の多くはおおむね支払われている。ただし潜在的な火種は常に存在する。象徴的な例がTerra UST崩壊時の対応だ。Nexus Mutualは当時の約款上、USTのディペッグを対象としておらず、補償は行われなかった。一方、InsurAceはディペッグを明示的にカバーする商品を持っており、支払いに踏み切った。この違いをめぐり、「Nexusは救済すべきだった」との批判も出たが、約款外の例外対応は制度趣旨に反する。ここには、どのリスクをカバーし、どこを除外するかという「補償範囲の設計」というガバナンス上の難題がある。条件を広げ過ぎれば支払余力を損ない、厳し過ぎればユーザーを保護できず不満を招く。
保険金処理のスピードも、ユーザー体験の観点から重要だ。DeFiユーザーは即時性を当然視する。一方、伝統的な保険では、複雑な案件ほど調査や書類手続きで数週間から数カ月を要するのが一般的だ。DeFi保険はこれを短縮しようと努力している。InsurAceはUSTディペッグ案件をおおむね1カ月で処理し、カタストロフとしてはかなり迅速と評価された。Nexusは投票期間などのプロセスにより、1〜2週間程度を要する場合が多い。Risk Harborのように、条件を満たせば即時支払いが可能な設計もあるが、価格等のデータ確定までに数時間〜数日を要するケースもある。ガバナンスがあまりに遅かったり恣意的と見なされたりすれば、「どうせ払われない」とユーザーが感じ、保険料を払う誘因そのものが薄れてしまう。
紛争と補償定義のグレーゾーンも悩みの種だ。たとえば、何をもって「ハック」あるいは「エクスプロイト(脆弱性悪用)」と見なすかは解釈の余地が大きい。UIのバグによる資金ロスと、スマートコントラクト自体のバグによるロスは同じ扱いか。危機時に一部プロトコルが行ったように、資産は保全されたものの1週間引き出せない状態は「損失」と見なすのか――こうした論点に対し、UnslashedやInsurAceが提供した「出金停止リスク」カバーのように、約款で細かく定義する動きもあるが、その分ガバナンス上の判断はより複雑になる。
伝統的な保険では、こうした解釈の争いは契約書の法的文言と裁判所の判断に委ねられる。分散型保険の場合、「コード」と「コミュニティ投票」がその役割を担うことになり、まったく新しいパラダイムだ。現状では、DeFi保険の支払い拒否を不服として、ユーザーがミューチュアルの背後にある財団などを相手取り訴訟に踏み切った事例は表面化していない。だが、将来暗号資産保険市場が巨大化すれば、「プロセスが不公平だった」「説明と実態が異なっていた」などを理由に訴訟が提起される可能性は十分ある。それは法的な前例をつくる分水嶺となり得る。
中央集権型のクリプト保険会社では、ガバナンス問題は別の形をとる。典型的には、対象外条項や厳格な保証(ワランティ)条件を多用しすぎることで、実務上ほとんど支払いが行われない「絵に描いた餅」的な補償になってしまうリスクだ。初期の一部ポリシーでは、ブロックチェーンそのものの障害に起因する損失は一律対象外、内部者による窃盗は刑事責任が立証されない限り対象外、といった極端な除外条項が目立った。その結果、「いざというときにはどうせ払われない」という印象を与えたケースもある。
加えて、多くの伝統的アンダーライターは当初、暗号資産の技術的構造を十分に理解しておらず、リスク評価を誤るリスクも抱えていた。必要以上に高いプレミアムを設定したり、逆に引き受けるべきでないリスクを安易にカバーしたりといったミスマッチが起こり得た。現在は専門チームを擁する保険会社も増え、状況は徐々に改善しつつある。
■再保険とキャパシティ制約
暗号資産保険市場の成長を制約しているもう一つの要因が、再保険キャパシティの不足だ。再保険は、一次保険会社のリスクを肩代わりすることで、より多くのポリシー引き受けを可能にする仕組みだが、この分野では参加する大手再保険会社がまだ限られている。理由の一つは、彼らが十分なデータの蓄積と規制面での明確さを重視しているためだ。
とはいえ、兆しも見え始めている。Munich ReがChainproofを支援し、ArchがEvertasの大口ポリシーに事実上再保険的な形で関与するなど、個別事例は増えつつある。暗号資産カストディリスクを対象に、一部再保険会社がクォータシェア条約(損失と保険料を一次保険会社と按分する契約)を水面下で提供しているとの報道もある。
それでも再保険側が最も警戒しているのは「アグリゲーションリスク」、すなわち単一イベントが広範な同時損失を引き起こすシナリオだ。暗号資産の場合、基盤ブロックチェーンの重大な脆弱性や、市場全体の急落に伴う連鎖的破綻といった事象が考えられる。複数の取引所やプロトコルが同時に被弾すれば、家事火災のように相互に独立したリスクとは異なり、保険・再保険市場全体が巨額の相関損失に晒されうる。これは、単一マルウェアで多くの被保険者が同時被害を受けるサイバー保険と構造的に似ており、再保険会社は補償限度を絞り、最悪ケースのアグリゲートをモデル化しながら慎重に関与を拡大している。
再保険がなければ、各保険会社やミューチュアルは自らの資本量に応じた引き受けにとどまらざるを得ない。そのため、Nexus Mutualのプール規模にも上限が生じ、ロイズのシンジケートが1契約あたりに提供できる限度額も限定的となる。再保険市場の扉が本格的に開けば、キャパシティは一気に拡張し得る。
こうした流れの中で、「Native」のようなクリプト専門ブローカーの台頭も見られる。CoinDeskの記事で言及されている通り、NativeはNexus Mutualと伝統的な保険市場の双方をつなぐ役割を担い、Nexus上にMGA(Managing General Agent、保険引受代行業者)として機能しつつ、引き受けたリスクに対する再保険手配も行う構想だ。こうしたハイブリッド型ソリューションを通じて、オンチェーンのミューチュアルとオフチェーンの保険・再保険資本を結び付ける動きが今後加速すれば、暗号資産保険セクター全体の資本効率と収容能力が大きく改善する可能性がある。企業が加入する保険のなかには、表向きは1本のポリシーでありながら、裏側ではオンチェーンの Nexus(プール)と伝統的な再保険会社が50%ずつリスクを分担するようなスキームも出てきている。こうした「ハイブリッド型」の組成によって、現在の供給力不足(キャパシティ不足)を補うことが可能になる。ただし、再保険会社は引き受けに際し、ハッキングリスクの定量化やプロトコルのセキュリティ評価など、高度で信頼できるリスク評価モデルを前提条件として求める。その意味で、暗号資産特有のリスクモデル構築という課題は依然として重い。Quantstamp と損保ジャパンの提携は、こうした専門性の移転がどのように行われうるかを示す一例といえる。
再保険を巡るもう一つのハードルは「標準化の欠如」だ。現在の暗号資産保険は、一件ごとのオーダーメイド色が強く、リスクのパッケージ化や移転が難しい。業界としては約款の標準化に取り組んでおり、ロイズは自社のワーディング・リポジトリに関連文書の掲載を進めている。将来的に、複数の保険会社が利用する共通フォーマットの「デジタル資産カストディ保険」約款のようなものが一般化すれば、再保険会社もそれらを対象とした包括再保険条約を組成しやすくなる。方向性としてはその流れにあるものの、実現には時間を要する。
市場教育と信認醸成も、技術・財務面とは別の重要な課題だ。多くの個人投資家は、暗号資産向け保険の存在自体を知らないか、「高すぎる」「手間がかかる割にメリットが小さい」と考えがちだ。コアな DeFi ユーザーの一部には、「コードのほうが人間より信用できる」として、分散型保険の投票ガバナンスを信頼せず、「Nexus Mutual の投票を当てにするより、ポジション分散や自己準備金で自家保険したほうがいい」といった発想も根強い。
保険加入が広がるには、教育に加え、分かりやすい成功事例の積み上げが要るだろう。例えば、ある取引所がハッキング被害に遭った際、保険に加入していた顧客は迅速に全額補償される一方で、別の取引所で保険未加入だった顧客は損失を被る――といった「対照例」が生じれば、保険の価値は一気に可視化される。現状では、Terra 崩壊で損失を出した後になって初めて、他のポジションに保険をかけ始めるといった「後追い」の動きが多い。
さらに、Cover Protocol の破綻や InsurAce におけるクレーム受付期間を巡る混乱など、いくつかの不祥事が不信感を増幅させてきた面も否めない。これを乗り越えるには、透明性の向上が不可欠だ。前述のとおり、Nexus がダッシュボード上で支払い実績を公開しているように、どれだけの保険金が実際に支払われてきたかをプロトコル側がオープンに示すことは、信頼醸成に直結する。
このほか、暗号資産保険の成長を左右しうる外生的な要因としては、まず「規制の不確実性」が挙げられる(これは前段でも触れた)。とくに米国で法規制の枠組みが曖昧なままなら、一部の保険会社は市場参入を見送り、あるいは不確実性をプレミアムに上乗せする形で高い料率を提示し続ける可能性がある。マクロ環境も無視できない。深刻なベアマーケットでは、プール資産や保険料収入のドル建て価値が縮小し、保険者の財務に圧迫がかかる一方、強気相場では資産価値が膨らみ、それに見合うよう補償限度額を機動的に見直さなければ、想定外のエクスポージャーを抱えかねない。
さらに、新技術の進展もリスク地図を書き換える要因となる。Ethereum 2.0 への移行やレイヤー2の大規模普及は、セキュリティや運用上の脅威の構造を変え、保険側もそれに追随した商品設計とリスク評価を行う必要が出てくるだろう。中長期的には、量子コンピューティングの進歩により、既存の暗号技術に新たな脆弱性が生じるリスクも議論されている。この場合、対応技術が確立するまでは「量子コンピューティングによる暗号破り(いわば“Acts of Quantum”)」を免責とする条項が一般化する可能性もある。
総じて、暗号資産保険市場は確かなモメンタムを得つつあるものの、本格的な普及に向けて乗り越えるべき課題は多い。効率的な資本配分(場合によっては伝統的保険・再保険との連携を通じて)、オラクルデータやオンチェーンのオペレーションを巡るセキュリティ確保、公正かつ迅速な保険金支払いガバナンスの実現、そして広範な再保険市場へのアクセスが求められる。業界各社もこれらの課題を十分認識しており、パラメトリック型商品、Nexus とブローカーのブリッジ構築、AI を用いたリスク分析など、現在進みつつあるイノベーションの多くは、まさにこの解決に向けた取り組みだ。ここから先は、暗号資産保険の将来像と、こうした課題がどのように克服されていくのかを展望していきたい。
将来展望:カバレッジギャップをどう埋めるか
今後数年で、暗号資産保険はどのような姿に進化していくのか。これまでの急速な変化を踏まえれば、現在なお約98〜99%の暗号資産が無保険状態にあるという巨大なカバレッジギャップを埋める方向で、大幅な成長とイノベーションが進むとみるのが妥当だろう。なかでも鍵を握るのは、パラメトリック/自動化型補償の拡大、AI を活用したリスクモデリング、レイヤー2やクロスチェーン・エコシステムとの深い統合、機関投資家の本格参入、そして伝統的保険と分散型保険キャパシティの「ブレンド」である。
パラメトリック/自動化型補償は、暗号資産との親和性が高い分野としてとくに注目される。パラメトリック保険とは、個別の損害査定ではなく、あらかじめ定めた指標の発生・水準に応じて自動的に保険金支払いを行う仕組みだ。ステーブルコインのペッグ外れに対するカバーはすでに実用化されており、「一定期間、価格が所定の閾値を下回った場合に支払い」という設計が典型的だが、今後はこれを超える多様な商品が想定される。
たとえば、市場ボラティリティを対象に、「取引所のダウンタイムが一定時間を超えた場合」や「特定銘柄が瞬間的に一定割合以上フラッシュクラッシュした場合」に支払われるカバー、あるいは DeFi プロトコルの TVL(預かり資産)が1日で一定割合以上急減した場合(ハッキングやバンクランの兆候とみなす)にトリガーされるカバーなどが考えられる。こうしたパラメトリック型ポリシーは、スマートコントラクトと組み合わせることで、信頼不要(トラストレス)な自動執行を実現できる。
理想形は、ハックやエクスプロイトが発生した瞬間に「保険金がオンチェーンで即時自動支払いされ、被害者に必要な流動性がその場で供給される」世界だ。大規模災害後の支払いに数カ月を要することも珍しくない従来型保険に比べ、暗号資産保険には時間軸で圧倒的優位性がありうる。UST のペッグ崩壊局面で、Risk Harbor はトリガー価格に達すると追加の審査なくクレームの行使を可能にした結果、一部ユーザーは迅速に資金を受け取り再投資や債務履行に動くことができた。他方、手作業による審査に頼ったケースでは、不確実性の長期化を避けられなかった。
もっとも、パラメトリック型は前段で触れたオラクルリスクに常に注意を払う必要がある。ただ、複数ソースを束ねた分散型オラクルネットワークや暗号学的証明を組み合わせるなど、オラクル基盤の高度化が進めば、この問題は一定程度緩和されていくだろう。また、パラメトリック暗号資産保険が、オンチェーンの価格や TVL といった指標だけでなく、暗号資産に関連するオフチェーン事象も取り込む可能性は高い。具体的には、「特定国が暗号資産取引を禁止した場合」「マイニングに支障を来す大規模な通信障害が発生した場合」といった規制・インフラ関連イベントをトリガーとするポリシーが考えられ、その実現には現実世界の出来事をオンチェーンに橋渡しするオラクルが必要になる。天候データや規制ニュースを取り込むオラクルの開発はすでに進行中だ。
Jenner & Block の論考でも紹介されているように、Arbol のようにスマートコントラクトを用いて天候デリバティブ型の保険を NFT として発行する例も現れ始めた。農作物の収量や価格、カーボンクレジットといった実物資産・環境アセットがトークン化されるにつれ、オンチェーンでのパラメトリック保険は InsurTech 全般と融合しながら、より広い領域へと拡張していくだろう。ただ、純然たる暗号資産の文脈では、当面は「より多くのプロトコルやイベントを、できる限り人手を介さずカバーする」方向性が主戦場になる。
その延長線上で、「コンポーザブルな保険」という発想も出てきている。保険ポリシーそのものをトークン化し、二次市場で売買したり、DeFi のコラテラル(担保)として利用できるようにする構想だ。たとえば、特定プロトコルのハッキングリスクをカバーするトークン化ポリシーを保有している場合、それを担保として別のプロトコルで資金を借り入れたり、当該プロトコルから撤退したタイミングでマーケットに売却する、といった使い方が想定される。これは保険リスクそのものに流動性を与え、市場メカニズムによる価格発見を可能にする。
Unslashed によるトークン化カバーの試みや、Nexus が十分な裏付け資本を確保した段階で NXM のトークン化を検討している構想などは、その萌芽と言える。保険リスクを売買するための流動性ある市場が形成されれば、多様な投資家がリスク供給サイドに参入しやすくなり、事実上の「分散型再保険市場」が成立しうる。そこで人々は、他の金融資産と同じ感覚で保険リスクをポートフォリオに組み込むことになる。
AI と高度リスクモデリングも、暗号資産保険の進化において中核的な役割を担うだろう。保険業界はもともとアクチュアリーに代表されるデータサイエンスに依拠してきたが、暗号資産の世界では「長期の実績データは乏しい一方、取引履歴などリアルタイムの高頻度データは豊富」という特殊な構造になっている。このギャップを埋める道具として、機械学習や生成 AI の活用余地は大きい。
まず、スマートコントラクト解析では、セキュリティ監査と同様の手法を応用した AI モデルが、コードベースの脆弱性を高速にスクリーニングすることが可能だ。過去のハック事例や Solidity コードを学習した大規模言語モデルが、外部コールの多さやコントラクトの複雑度などからリスクスコアを算出し、人手の監査を補完する。これにより、保険会社は対象プロトコルごとにリスクプロファイルを定量化し、料率に反映させやすくなる。
次に、ブロックチェーン上のトランザクションをリアルタイム監視し、不自然な資金流出やメトリクスの急激な変動を検知する「アノマリーデテクション」は、進行中のハック把握やリスクモデルの更新に役立つ。検知時点でカバーを一時停止するかどうかは公正性の観点から慎重な設計が必要だが、少なくとも早期警戒システムとしての意義は大きい。
また、暗号資産特有の高ボラティリティと相関リスクを踏まえれば、AI によるモンテカルロシミュレーションやシナリオ分析は、従来のアクチュアリーモデルを補完するツールとなる。たとえば、「Ethereum の基盤レベルでバグが発覚し価格が急落した場合に、複数の DeFi プロトコルで連鎖的な損失が発生する」ような、過去に例のない同時多発的なリスクシナリオを可視化できる。
個人ウォレットの盗難など、よりリテール寄りの補償が広がれば、保険金不正請求の検知にも AI が不可欠になる。ブロックチェーン・フォレンジクスとパターン認識を組み合わせることで、「外部からの不正アクセス」と「自己操作による偽装ハック」を判別する精度を高めることができる。すでに Coincover などは独自の「リスクエンジン」でトランザクションの妥当性を評価しており、犯罪者側が保険悪用を試みるほど、AI 側も高度化を迫られる構図だ。
さらに先を見据えると、DeFi におけるユーザー行動やポートフォリオ構成に応じて、個別に保険条件や料率をカスタマイズする「パーソナライズド保険」の実装も視野に入る。オンチェーンの履歴データをもとに AI がリスクプロファイルを自動推定し、それに応じた最適なカバーを提示する仕組みが確立すれば、加入ハードルは一段と下がるだろう。
こうした動きを総合すると、暗号資産保険は、パラメトリック型商品と自動執行、AI 主導のリスク分析、レイヤー2/クロスチェーンとの密接な連携、伝統的保険・再保険とのキャパシティ融合を通じて、現在の巨大なカバレッジギャップを徐々に埋めていく公算が大きい。その過程では、規制の明確化と市場の成熟を背景に、より多くの機関投資家がリスク供給サイド・需要サイドの双方で関与を深めていくとみられる。今後の論点は、こうしたトレンドの具体的な進み方と、それが市場構造やプレーヤー勢力図にどのような変化をもたらすかという点に移りつつある。将来のパーソナライズド保険料設定:
現状のオンチェーン保険では、同一プロトコルに対するカバーであれば、誰が加入してもほぼ同じ保険料率が適用される。しかし今後は、ウォレットを接続し、AIが個々人のリスクプロファイルを解析することで、保険料をきめ細かく変動させるモデルが現実味を帯びてくる。たとえば、鍵管理の方法(ハードウェアウォレットやマルチシグの利用有無)、オンチェーン上での行動(リスクの高いコントラクトとの頻繁なインタラクションの有無)といった要素を入力として、AIが「個人のリスク度合い」をスコアリングし、保険料に反映するイメージだ。
これは、自動車保険で「テレマティクス」を用い、安全運転者の保険料を割り引く仕組みに近い。具体的には、ハードウェアウォレットを利用し、マルチシグを設定したうえで、十分に監査された主要プロトコルにしか接続しないユーザーは、「未監査の新興コントラクトに頻繁に“イナゴ買い”するユーザー」よりも、ウォレット保険の保険料が低く抑えられる可能性がある。一方で、こうしたデータ活用はプライバシーの問題を孕むが、あくまで任意参加とし、インセンティブ設計を工夫できれば、「安全な行動を取るほど保険料が安くなる」仕組みとして機能し得る。
L2・マルチチェーン時代への対応
ブロックチェーン利用がマルチチェーン化・スケーリングソリューションの拡大とともに進むなか、保険もそれに追随していく。既に、Nexus MutualはCoinbaseのLayer-2であるBase向けに、Base上の複数プロトコルを一括でカバーする商品を提供し始めている。こうした「ワン・トゥ・メニー型」のカバーは今後さらに一般化し、将来的には「DeFiオールリスクカバー」のような、Ethereum、Arbitrum、Polygonなど複数チェーン上のポジションを、特定のリスクに対して横断的に自動カバーする商品も想定される。
そのためには、保険プロトコル自体が各ネットワーク上に展開されている必要がある。Ethereum L1の高ガス代は、これまでオンチェーン保険の普及を阻む一因だったが、L2移行によりコスト低下だけでなく、カバー内容の頻繁な見直しや「ストリーミング型」の少額プレミアム支払いなど、より動的なインタラクションも現実的になる。InsurAceなど既存プラットフォームは、さらに多くのチェーンに展開する公算が高く、新興保険プロトコルはL2やサイドチェーンを“ネイティブ市場”として、そのエコシステムに密着した形で立ち上がる可能性も大きい。
ブリッジリスクと共同プール
クロスチェーンブリッジは、Ronin、Poly Network、Wormholeといった数億ドル規模のハック事例が示す通り、これまで暗号資産市場で最も大きな単一故障点の一つとなってきた。このため、ブリッジリスクに特化した保険に対する需要は高い。将来的には、プロトコル側やブリッジ運営者自らが保険を購入したり、相互扶助型のプールを組成してブリッジ障害に備えるスキームもあり得る。
例えば、複数の大手ブリッジが資金を拠出し、ハッキング発生時にユーザー補償を行う「Bridge Mutual」のような共同基金を設立し、それを保険会社やDAOがファシリテートする構図が考えられる。ユーザーから見れば、「万一ブリッジが攻撃されても、一定限度まで補償される」という仕組みが標準化されれば、ブリッジ利用への心理的ハードルは大きく下がる。将来的には、ユーザー獲得競争のなかで「一定水準の保険・補償が付帯していること」が、ブリッジ運営側にとって事実上の参入要件になる可能性もある。
ウォレット/プロトコルレベルへの“組み込み保険”
Layer-2の普及が進み、手数料の安さから一般投資家がL2を入り口として参入するにつれ、「保険がウォレットやプロトコルのUIに標準組み込み」という世界も視野に入る。例えば、L2ウォレットの画面で「資産を保護する(年率0.1%)」といったトグルスイッチをオンにするだけで、裏側では提携インシュアラーからウォレット保険を自動購入する仕組みだ。
これは、いわゆる「エンベデッド・インシュアランス(組み込み保険)」の考え方であり、ユーザー体験に自然に溶け込む形で保険を提供する。伝統金融でFDIC(連邦預金保険)のようなセーフティネットに慣れたマス層にとっては、暗号資産サービスでも同程度の安心感が求められる公算が大きい。プラットフォーム側がデフォルト“オン”(ユーザーが明示的にオプトアウトしない限り保険加入)とすれば、ユーザーがわざわざ別途保険を探さなくともカバレッジが広がり、エコシステム全体の信頼性底上げにつながる。
機関投資家の本格参入と市場拡大
暗号資産保険の将来像は、機関投資家による暗号資産活用の進展と強く連動している。銀行、アセットマネジャー、事業会社などが本格的にデジタルアセットを組み入れ始めれば、保険業界の“ビッグプレーヤー”も見過ごすことはできない。既に、AonやMarshといった大手ブローカーが暗号資産保険ソリューションを積極的に打ち出し、AllianzやAIGなど大手保険会社も参入検討を続けていると報じられている。2025年の業界調査では、EUのMiCAのような規制枠組みの整備が、保険会社の「暗号資産関連リスクを引き受けやすくする要因」として挙げられた。規制の明確化により、「無免許・違法事業を誤って保険してしまう」リスクが薄まるためだ。
特に焦点となるのが、機関投資家向けカストディ(保管)だ。BNYメロンやState Streetのような伝統的カストディアンが暗号資産カストディサービスを展開する際には、従来と同様に「保険で裏打ちされた保管」が暗黙の期待値となる。彼らは自社グループ内のキャプティブ保険で自家保険を構築するか、市場から大口カバレッジを調達することになるだろう。これにより、信用力の高い顧客基盤を相手に新たな保険需要が一気に立ち上がり、市場の収容力(キャパシティ)は飛躍的に拡大する余地がある。
また、年金基金や暗号資産を組み入れたETFなども、裏付け資産に対する保険付保を要請する可能性が高い。たとえば、米国でスポット型ビットコインETFが承認されれば、そのビットコイン保管部分に対する保険ニーズだけで、短期間に数億ドル規模の市場が生じうる。この需要に応えるべく、新規参入を含めた保険会社のキャパシティ配分が加速することが見込まれる。
トラディショナル保険とDeFi保険の“ハイブリッド化”
将来的には、トラディショナル保険とDeFi保険の境界線が曖昧になり、相互に「リスクプール」あるいは「流通経路」として機能するハイブリッドモデルが生まれる可能性が高い。例えば、伝統的な保険会社が、Nexus MutualのようなDeFiミューチュアルに再保険を提供し、実質的なリスクの後ろ盾となるスキームがあり得る。逆に、DeFi側の保険プロトコルが、Lloyd’sのシンジケートの一部を再保険で受けるという構図も考えられる。
InsurAceのCMOは、今後の重要トレンドとして「伝統的保険とブロックチェーンベースのカバーをつなぐ“ブリッジ”の出現により、キャパシティが拡大し、柔軟性が高まる。これにより、DeFiはより高い供給能力を得て、トラディショナル保険はより高い効率性を享受する」と述べている。つまり、ユーザーがDeFiのUI上で保険契約を購入しても、水面下ではその一部リスクが伝統的保険会社のバランスシートに移転されている、という構図だ。決済や損害査定はスマートコントラクトを通じて再保険会社と自動連携される可能性もある。
こうしたシナジーにより、現在の課題の多く――資本量の不足、信頼性、オペレーションコストなど――が緩和されうる。DeFi側は資本基盤と信用力を獲得し、トラディショナル側は事務コスト削減と新規顧客層へのアクセスを得る。両者が補完し合うことで、「暗号資産保険」は、徐々に既存保険市場の一部として組み込まれていくだろう。
規制・政府の関与とシステミックリスク
暗号資産が金融システムの中核インフラとして定着するにつれ、政府や規制当局による保険・セーフティネットへの関与も増していく可能性がある。例えば、巨大なシステミック・イベント(主要ステーブルコインの崩壊や、基幹インフラ級のブロックチェーン停止など)に対し、民間保険市場だけではカバーしきれない部分を政府が再保険的にバックストップする――テロ保険に対する政府支援スキームの暗号資産版――といった構想もあり得る。
また、中央銀行デジタル通貨(CBDC)が発行されれば、その取り扱いウォレットに対して、一定の保険や保証スキームを義務付ける可能性もある。さらには、取引所破綻リスクなどを対象にした「公的・民間共同の保険基金」が検討される余地もある。これは、FDICのように一定の拠出金を取引所から徴収し、利用者資産の一部を集団補償する仕組みに近い。現段階ではあくまで想定に過ぎないが、もし再び“メガ取引所”の崩壊が起これば、政治的プレッシャーを受けてこうした枠組みの導入を迫られる可能性は否定できない。
新技術リスク:量子コンピュータとPoS固有リスク
技術の進歩に伴い、新たなリスクカテゴリーも出現する。量子コンピュータの実用化が、既存暗号技術の安全性を脅かすシナリオは、その代表例だ。将来的には、保険約款に「量子攻撃による秘密鍵流出は免責」といった条項が盛り込まれたり、逆に「ポスト量子暗号への移行が完了していないウォレットに対する量子リスク特約」といった専用商品が登場するかもしれない。
また、Ethereumのようにプルーフ・オブ・ステーク(PoS)への移行が進むなか、バリデータの「スラッシングリスク」(不正またはミスによりステーク資産が没収されるリスク)を対象にした保険商品も現れている。これはビットコイン初期には存在しなかった新種のリスクであり、暗号資産技術の進化とともに、保険がカバーすべきリスク定義も常にアップデートを迫られることを示している。
総括:暗号資産保険の“平常化”へ
こうした動向を総合すると、暗号資産保険の将来像は、より統合的で、より自動化され、かつより大きなキャパシティを持つ方向へと向かっているといえる。「暗号資産専用のニッチ保険」という位置づけから、むしろ「暗号技術を前提とした新しい保険インフラ」へとシフトし、やがては単に“インシュアランス”と呼ばれるものの一部として溶け込んでいく可能性が高い。
成熟の一つの目安は、一般ユーザーが「保険があるのが当たり前」と感じる段階に達することだろう。大手取引所を利用する際に、「当社はUnderwriter Aによる最大Xドルまでの保険付保済み」といったバッジが、銀行窓口で目にするFDICマークのように当たり前に表示される。あるいは、DeFiレンディングプールのUIに「本プールはNexus Mutualによるカバー対象です – 詳細はクリック」と表示され、それを前提にユーザーが利回りとリスクを比較検討する、といった姿だ。
拡大する暗号資産保険は、もはや周縁的なアイデアではなく、デジタルアセット・エコシステムに不可欠な安全ネットとなりつつある。盗難やハックといった劇的な損失リスクがつきまとう世界において、保険は「最悪の事態が起きても、一定の救済がある」という信認を提供する。スケールや設計面での課題は依然として多いものの、方向性自体は明らかだ。業界関係者が指摘するように、「DeFiプラットフォームの人気拡大と新しいリスク管理手法の登場を背景に、より多くの投資家がデジタル資産の保護手段を求める」トレンドは今後も強まるだろう。
分散型イノベーションと伝統的保険ノウハウの協調が進めば、市場全体のキャパシティは拡大し、カバー範囲も多様化する。最終的に、保険は「クリプトのワイルドウェスト」を、持続可能で信頼に足るグローバル金融の一部へと変貌させる装置となる。避けがたい「悪い日」が訪れたとしても、その落下を和らげるセーフティネットが存在する――それが、暗号資産保険に期待される役割である。
最後に
暗号資産保険は、かつては実験的な試みに過ぎなかったが、いまや暗号資産およびDeFiエコシステムを支える重要な柱となりつつある。「何かあったとき、誰がどこまで補償してくれるのか」という根源的な問いに対し、具体的な答えを提供する存在だ。盗難やハック、プロトコル崩壊といった事態に備えることで、極めてリスクの高い領域に一層の信認をもたらしている。
本稿では、暗号資産保険の基本的な仕組みと意義を整理し、伝統的な保険とのアナロジーを踏まえつつ、それが個人投資家から機関投資家まで、より広範な採用を後押ししうる点を検討した。また、カストディリスク中心の黎明期から、分散型ミューチュアルやリスクプールがLloyd’s型のシンジケートと補完・競合する現在まで、その発展史もたどった。
ウォレット、NFT、DeFiといった各領域のリスクを俯瞰すると、どのセグメントも決してリスクフリーではない。ホットウォレットはハックされ得るし、コールドウォレットは紛失・相続の問題を孕む。NFTは盗難だけでなく価値の急減にも晒され、DeFiプロトコルはハッキングだけでなく、設計上のインセンティブミスによる経済的崩壊リスクを抱える。まさに、これらこそが暗号資産保険がカバーしようとしているリスクであり、エコシステムの「当たり前のインフラ」となるまで、その進化は続いていくとみられる。革新的な保険プロダクトが、こうした課題への対応を進めている。取材では、まず中央集権型プレーヤーの役割を整理した。具体的には、ブローカーやシンジケートを通じて引き受けを行う大手保険会社(たとえば Lloyd’s が Coincover と組んでホットウォレット向け保険を引き受けた事例)から、Evertas や Chainproof のように、伝統的なアンダーライティングと暗号資産テクノロジーの橋渡しを行うクリプト特化型保険会社までを俯瞰した。
同時に、Nexus Mutual、InsurAce、Risk Harbor などに代表される分散型保険モデルも取り上げ、補償設計、クレーム処理、資本構造の違いを比較検証した。各モデルにはそれぞれ強みがある。分散型プラットフォームは、オンチェーンリスクのカバーやコミュニティ主導の保険スキームに優れる一方、中央集権型プレーヤーは潤沢な資本力と高い規制遵守能力を提供する。両者は対立というより、相互補完的に連携する動きが強まりつつあり、これにより補償範囲の拡大が進んでいる。
規制環境も、暗号資産保険を組み込む方向へと進化している。香港やドバイといった法域では、取引所のライセンス要件として顧客資産に対する保険付保を義務付けており、世界各国の規制当局も、顧客の暗号資産が保険でカバーされているかどうかの開示を求める姿勢を強めている。こうした枠組みは消費者保護に資するだけでなく、保険商品そのものの正当性を高め、新規参入を呼び込む効果もある。米国や欧州では、現時点で直接的な保険義務はまだ少ないが、リスク管理水準に対する期待値は明らかに切り上がっており、その延長線上に保険や類似の金融セーフガードの活用が位置付けられつつある。
一方で、暗号資産保険が直面する課題も多い。現在のミューチュアル型プールは過剰担保で非効率なうえ、潜在的需要に比べると規模が小さい。また、オラクル操作といった技術的リスクや、分散型ガバナンスによるクレーム審査の難しさも無視できない。再保険市場との橋渡しも依然として途上だが、Munich Re や Arch といったグローバル再保険会社が試験的に関与し始めている事実は、課題が一つずつ克服されつつあることを示している。
先行きを見通すと、暗号資産保険の将来像はダイナミックであり、全体としては楽観的だ。スマートコントラクトを通じてほぼ即時に支払われる自動型・パラメトリック保険の拡大、AI を活用したリスク評価・料率精緻化・脅威検知の高度化、そして日常的な暗号資産サービスのなかに保険がシームレスに組み込まれるユーザー体験の実現が見込まれる。何より、機関投資家からリテール投資家まで、「伝統的金融と同水準のプロテクション」を暗号資産にも求める声が高まるにつれ、暗号資産保険市場は大きく伸長する余地がある。
レイヤー2 をはじめとするスケーリング技術やクロスチェーン取引の拡大は、リスクの裾野を広げる一方で、複数チェーン・複数プラットフォーム上の資産を一括でカバーするアグリゲート型保険商品の登場を後押しするだろう。伝統的大手保険会社の本格参入や、保険ビジネスを後押しする規制の整備が進めば、市場の収容力と安定性はいっそう高まり、大口損失が発生しても個人ではなくシステム全体で吸収できる態勢が整っていく。
総じて、暗号資産保険は、ニッチなアイデア段階から、暗号資産業界の信認とレジリエンスを支える本格的なリスクマネジメントツールへと進化しつつある。「Not your keys, not your coins(鍵を持たなければコインも自分のものではない)」という標語に対し、こうした保険は新たに「自分で鍵を保管していようと、第三者が保管していようと、そのリスクを一人で抱える必要はない」という現実を付け加えようとしている。
慎重なプロダクト設計、健全なガバナンス、革新的なブロックチェーンプロジェクトと伝統的保険ノウハウの協業が進めば、暗号資産保険はさらに成熟度を増すだろう。ウォレットや NFT、DeFi ポジションなどの保護に対する実務的な解として機能し、市場参加者がこの新たな金融フロンティアに、より高い安心感をもって踏み込むことを可能にする。暗号資産が伝統的金融の本流へと一段と歩を進めるなかで、強固な保険レイヤーの存在は、不測の事態が起きた際にも損失を和らげ、信認回復を早めるクッションとして機能し、暗号資産エコシステム全体の安定性と信頼性を一段と押し上げることになる。

