法人向けクレジットカードプラットフォームのRampは最近、法人顧客がドルと同じようにステーブルコインを保有し支払えるようになったと発表した。企業によるステーブルコインへの需要は、しばらく前から、それを支えるはずのインフラの整備状況を大きく上回っており、今回のRampの発表は、そのギャップがどれほど広がっているかを示す、かなり分かりやすい指標だと言える。企業は、ステーブルコインが正当なものかどうかを問いかけるのを、だいぶ前にやめている。いま彼らをつまずかせているのは、はるかに複雑で費用もかかる問題であり、多くのステーブルコイン事業者が認めたがらない現実でもある。
数か月前、私は中堅企業数社のファイナンスリードたちと一緒に夕食会に参加した。2年前ならその場を支配していたであろう「ステーブルコインは十分に安全か、規制されているのか」といった質問を、誰一人として口にしなかった。彼らが知りたがっていたのは、なぜ今なお、ステーブルコインでの支払いを、税務を含めて、他の支払いと同じように帳簿に通せないのか、その理由だった。別のプロセスに丸ごと切り分けられてしまうことなく、普通の処理フローに組み込めないのはなぜなのか、という問いだ。
これは、実は解くのが難しい問題だ。ステーブルコインでの支払いは、単一のシステムだけに触れるわけではなく、会計ソフト、請求書ツール、そしてファイナンスチームが日々頼りにしている税務報告と連動して動く必要があるからだ。ファイナンスチームには、きちんと動く連携機能、納得のできる承認フロー、そして支払いが週末に着金したとしても破綻しない突合プロセスが必要になる。あるCFOは、会計ソフトがステーブルコイン対応で設計されていないため、自分のチームが、どの請求書がステーブルコインで支払われたかを追跡するためだけのスプレッドシートを、いまだに別管理で持っていると話していた。
中堅企業が、新たな顧客を獲得したとしよう。その顧客は、自社の決済インフラがまだ対応していない種類のステーブルコインで支払いをしたいと言ってくる。すると、ファイナンスかエンジニアリングのリードが、その1件の取引関係だけのために、ゼロから新しい連携を立ち上げなければならない。しかも、既存業務のすべてに加えてそれをやる必要があるのに、その作業はたいてい、あらかじめスコープも予算もきちんと組み込まれていない。そもそも誰も想定していなかったからだ。同じような顧客がさらに何社か現れれば、それはもはや「例外対応」ではなく、その担当者の仕事の大半を占める日常業務になってしまう。
銀行もフィンテック企業も、もはや「ステーブルコインを採用すべきかどうか」を議論しているわけではない。私が話をするところのいくつかは、採用にかかる真のコストや、その際に他のすべてを壊さずにどう実現するかで足踏みしている。いまどきのペイメント企業であれば、複数の異なる主体が発行する3〜4種類のステーブルコインをサポートしなければならないかもしれない。それぞれが異なるネットワーク上を動き、それぞれに固有の決済・清算の癖を持ち、しかもその全体が、自社が事業を展開するすべての提携銀行と法域をまたいで問題なく機能しなければならない。この難しさゆえに、自前でソリューションをつなぎ合わせて成功した少数のフィンテックが生まれる一方、多くのステーブルコインプロジェクトはパイロット段階を抜けられないまま、静かに姿を消していった。
いまだ誰も十分なレベルで構築できていないレイヤーが一つ残っている。ステーブルコインやネットワークそのものより下の層に位置し、銀行やフィンテックがそのシステムひとつに接続するだけで、オンチェーンを含むあらゆる形態の決済手段をまたいで価値を移転できるようにする部分だ。チームの誰一人として、その裏側の仕組みを理解していなくても動くようなレイヤーである。これは、何十年も前にACHやカードネットワークを、世界中すべてのビジネスの背景へと溶け込ませた、感謝されにくい地味な仕事と同じ種類のものだ。そしてここで目指すべきゴールも同じである。自分の支払いがどのネットワーク上で決済されたのかを、ビジネスオーナーが一切意識しなくてよくなる世界だ。
Rampがこの機能をわざわざ作ったという事実は、その需要がすでに存在していたことを意味する。企業はステーブルコインの口座を求めている。しかし、彼らが望んでいないのは、その口座を使うためだけに、ステーブルコインインフラの専門家になることだ。これから1年の間に、Rampと似た発表がさらに数多く出てくるはずだ。その一つひとつが、ネットワークをまたいでステーブルコインを動かすことを、毎回新しい連携をつなぎ合わせなくても済むよう、少しずつ容易にしていくだろう。ただし、そのどれもが「本当に重要な一件」にはならない。その一件にはプレスリリースなど付いてこないからだ。それは、ビジネスを営む誰もが、もはやこの分野のことを考えなくてよくなった、ただその日としてやって来る。




