半世紀ぶりの強気相場に沸く金市場だが、オンチェーンに載った「トークン化ゴールド」は、暗号資産市場全体から見れば依然として「誤差」の規模にとどまっている。
トークン化ゴールドの時価総額は2026年2月に60億ドルを突破し、2026年第1四半期の取引高は前年同期比で13倍に膨らんだ。一方で、ドル建てステーブルコインの残高は約3,180億ドルに達し、2025年にはオンチェーン決済額が3.3兆ドル超と、VisaとMastercardを合わせた規模をも上回った。
マクロ環境だけを見れば、金には追い風しかない。戦争、制裁、インフレ、各国中銀の買い増し、ドル安──それでもオンチェーンでは勝てない。理由はストーリーではなく「設計思想」にある。保管庫、監査、法域ごとのカストディといった現物特有の摩擦コストを、スピードと相互接続性、ネットワーク効果が支配するブロックチェーンの世界にそのまま持ち込んでいる。このミスマッチこそが全てだ。
要点
- トークン化ゴールドは2026年に時価総額60億ドルを超えたが、 DeFi・CEX・決済を席巻するドル建てステーブルコインは約3,180億ドルと桁違いの規模。
- PAXGやXAUTといった金裏付けトークンは、現物保管や監査の遅さ、 流動性の薄さといった「現物の摩擦」を引きずり、コンポーザビリティを阻害。
- 真の競合はビットコインではなく、金ETFとドル建てステーブルコインであり、 金そのものの重要性が高まる中でも、トークン化ゴールドはニッチから抜け出せない。
マクロ追い風は本物、金は「戦略資産」として復権
金スポット価格は2026年9月24日時点で1オンス4,262ドルと、前年比43.3%高。取引時間中には1月29日に5,595ドル近辺まで急伸し、史上最高値を更新した。2025年通年の上昇率は約64%と1979年以来の大相場で、ロンドン地金市場協会(LBMA)のPMフィキシングは年間で53回も過去最高値を塗り替えている。
ゴールドマン・サックスは2026年12月末の金価格予想を5,400ドルに引き上げ、J.P.モルガンも2026年第4四半期に5,000ドル、その先に6,000ドルへの上昇余地があると見ている。
需給の強さは投機ではなく「構造」に近い。
各国中央銀行は2025年に863トンの金を購入。ネット買い越しは16年連続となり、2022〜2024年にかけて3年連続で年間1,000トン超の買い越しが続いた後も、高い買い意欲を維持した。世界金協会(WGC)の中銀調査では、回答者の95%が「今後12カ月で各国公的機関の金保有は増加する」と回答し、8年ぶりの高水準となった。2025年はポーランドだけで102トン、カザフスタンが57トンを積み増し、ブラジルも買い手に回った。中国人民銀行は27トンの購入を公表したが、実際には帳簿外でさらに積み増しているとの見方が強い。
こうした動きは、明確な「政治的メッセージ」でもある。
2022年のロシア外貨準備凍結を機に、非西側中銀は決済リスクの捉え方を根本から見直した。ドルの世界外貨準備に占める比率は、2001年の約72%から2025年第3四半期には56.9%へ低下。ドルインデックスは2025年に約9.4%下落し、1973年以来最悪の上半期となった。2025年末時点では、価値ベースで金が米国債を抜き、世界最大の準備資産となっている。
ここから生じる矛盾は明快だ。
「非ソブリン」で「インフレ耐性」がある資産こそ、今後10年のマクロテーマの中心だと広く語られている。であれば、トークン化ゴールドは格好の受け皿に思える。ところが現実はそうなっていない。
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金裏付けステーブルコインの「実像」
Paxos Gold(PAXG)とTether Gold(XAUT)がトークン化ゴールド市場を事実上二分し、合計で市場全体の約96〜97%を占める。いずれも1トークンにつき、ロンドン現物取引「ロンドン・グッドデリバリー(LGD)」規格を満たす延べ棒1トロイオンス分が対応している。LGDバーは1本350〜430オンス、純度99.5%以上の大型バーだ。
つまり、これは「合成ゴールド」でも「ペーパーゴールド」でもない。現物物流にまつわる重いコストを背負った金融ラッパーを、スマートコントラクトに接続したものに過ぎない。
PAXGは、ニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)の監督下にある限定目的信託会社Paxos Trust Companyが発行する。裏付けとなる地金はBrink'sのロンドン保管庫に置かれ、利用者はセルフサービスツールを通じて、割当てられたバーのシリアル番号や重量、純度を確認できる。
ただし現物の引き出しには、ロンドン・グッドデリバリー1本分に相当する最低430PAXG(2026年4月時点価格で約200万ドル)が必要で、固定・従量両方の手数料が発生するうえ、配達先は英国のLBMA認定保管庫に限定される。
XAUTは、かつて英領バージン諸島に本拠を置き、2025年1月にエルサルバドルへ拠点を移したTether子会社TG Commoditiesが運営する。金はスイス国内の保管庫で保管されているが、Tetherは保管事業者名を公表していない。2025年第1四半期のBDOによるアテステーション(保証報告書)では、当時流通していたトークンを裏付ける7.7トン超の現物金保有が確認された。
両トークンとも、本質的には「13キロ級の延べ棒をロンドンやチューリッヒの保管庫に積み上げ、その所有権をブロックチェーン上のラッパーで割り振る」仕組みに過ぎない。
- 裏付けはシリアル番号付き・完全割当ての金バーであり、差金決済的な「ペーパー」ではない
- 現物交換の最低単位は実質430トークン前後で、個人投資家の現物引き出しはほぼ不可能
- カストディはロンドン(PAXG)とスイス(XAUT)に集中
- Ethereum、Tron、TONなど複数チェーン上で24時間365日プログラム可能な送金が可能
これは、SPDR「GLD」のような金ETFとは性格が異なる。GLDも現物を保有するが、決済はDTC(米国預託決済機関)を通じた証券として行われる。
トークン化ゴールドは、ブロックチェーンという新たなレイヤーを重ねることで、オンスの分割所有やプログラマブルな送金を実現した。一方で、現物金保有に伴うその他すべての摩擦コストはそのまま残り続けている。
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カストディの制約──「金」は「ドル」のようにはスケールしない
ドル建てステーブルコインの準備資産は、Tビル(米国短期国債)、銀行預金、リバースレポ(逆レポ)が中心だ。Tetherは2025年第4四半期時点で、米国債エクスポージャーが1,410億ドルに達し、世界で17番目に大きな規模の米国債保有主体となった。
CircleのUSDCは、規制金融機関に預けられた現金と、BlackRockが運用する「Circle Reserve Fund」で裏付けられている。同ファンドはSEC登録済みの2a-7政府系マネー・マーケット・ファンドで、日次ベースの残高開示が行われる。新規発行は帳簿上のエントリーで完結する。
物理的な金は、そうはいかない。
新たにPAXGやXAUTを1トークン発行するには、LBMA認定の延べ棒を購入し、輸送・保険付保・検品・シリアル登録を経て、保険付き保管庫に実際に格納する必要がある。
トークン化ゴールド全体で裏付けとなっている現物保有量は、せいぜい15〜20トン規模に過ぎない。これに対し、2025年末時点で世界の金ETFは計4,025トン、運用資産残高(AUM)は5,590億ドルに上る。
集中は「欠陥」ではなく、構造的な宿命だ。
グッドデリバリー・バーは、ロンドンとチューリッヒに点在するごく少数のLBMA認定保管庫に集中している。Brink's、Loomis、JPモルガン、HSBC、Malca-Amitなどが代表的なオペレーターだ。このため、各トークンは発行主体だけでなく、「英国法・スイス法」「英国・スイスの銀行との関係」「英国・スイスの制裁ルール」という明確な法域・規制の足跡を持つ。PAXGやXAUTの保有者は、英・スイス法上は割当てられた地金の「受益所有者」に過ぎず、延べ棒を手にした「ベアラー」と同等の物権を直接持つわけではない。
レイヤーが一つ増えるごとに、ドル建てステーブルコインとは質の異なるカウンターパーティー・リスクが積み上がる。
仮にトークン化ゴールドの時価総額を500億ドル規模に拡大しようとすれば、単純計算で約325トン──直近の年間中銀需要の3分の1に相当する量──の金を、ETFの決済インフラ向けに設計された保管庫へと移す必要が出てくる。ここでは、ボトルネックはスマートコントラクトのエンジニアリングではなく、現物物流そのものになる。
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透明性と監査の難しさ──どこで「信認」が途切れるか
ドル建てステーブルコインの世界では、外部監査法人による月次アテステーションと、日次ベースのポートフォリオ開示が事実上の業界標準になりつつある。CircleはUSDCの準備資産について、デロイトがAICPA基準に基づき署名したレポートを公開し、BlackRockファンドのリアルタイム残高やS&P Globalの「2(strong)」という安定性評価も示している。
TetherもBDO Italiaによる四半期アテステーションを公表し、2026年3月にはKPMGに初の年次フル監査を委託した。2025年7月18日に成立した米国のGENIUS法は、決済用ステーブルコインに対し「100%流動資産による裏付け」と「銀行並みの監督」を義務付けている。
これに対し、トークン化ゴールドの開示は頻度・粒度ともに見劣りする。
PAXGは2025年初め以降、KPMG署名の月次アテステーションを公表しており、オンチェーン供給量と保有オンス数を突き合わせるとともに、一部のバー情報を掲載している。XAUTは四半期アテステーションを開示しているものの、初の正式な保証報告書が出たのはローンチから数年を経た2025年第1四半期だった。
報告書には保有バー数や総重量が記載されているが、市場参加者の一部が求める「バー1本ごとの完全な公開リスト」には至っていない。
いずれも、ブロックチェーン・ネイティブな投資家が期待する「常時更新のプルーフ・オブ・リザーブ」とは程遠い。
金のアテステーションは結局のところ「ある日時に」「ある保管庫で数えた結果」を「監査法人が署名する」スナップショットに過ぎない。物理的な延べ棒を1秒ごとにハッシュ化して証明することは不可能であり、概念的にもリアルタイム証明は成り立たない。
対照的に、ドル建てステーブルコインでは、透明性の水準がここまで引き上げられている。
- USDC保有者は、SEC登録の政府系マネーファンドを通じて、その日の準備資産構成を事実上リアルタイムに把握できる
- USDTは四半期アテステーションに加え、高頻度の補足開示でポジションの変化を示している
- PAXGは月次のアテステーションと静的なバーリストに依存
- XAUTは四半期ベースの開示で、個々のバー情報はエンドユーザーにとってアクセスしづらい
長期保有の純投資商品としてなら、この開示サイクルのギャップは致命的ではないかもしれない。しかし、ストレス時に即時検証が求められる「担保資産」としては、大きな弱点となる。実際、2026年3月には週末の流動性が細ったタイミングで、PAXGとXAUTがスポット金価格に対し0.5〜2%程度ディスカウントで取引される場面があった。頻度としては稀でも、「ラッパー(トークン)への信認は、延べ棒そのものではなく情報の流れに依存する」という事実を象徴する出来事だった。
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流動性こそ運命──そして「ドル建てステーブルコイン」がそれを握っている
2025年のステーブルコイン取引高に占めるUSDTのシェアは、2024年の79.6%からさらに伸び、82.3%に達した。
テザー(USDT)の日次取引高は1,000億ドル前後と、USDCの約5倍。数万のCEX/DEXペアにまたがって取引されている。バイナンスだけでも、ステーブルコインの日次出来高は平均366億ドル。その1,500超のペアの大半で、USDTが基軸通貨になっている。
トークン化ゴールドは、規模感がまったく違う。
PAXGで最も取引が多いのはバイナンスのPAXG/USDTペアだが、その日次出来高は約1,400万ドル。XAUTの主力ペア(GateのXAUT/USDT)でも約900万ドルにとどまる。
相場が活況な日でも、PAXGとXAUTを合わせた現物出来高は数億ドル程度。一方で、単一取引所のUSDT/USDペアだけで日次100億ドル超が常態化している。
ペア単位で見た流動性の差はざっくり25〜50倍。ポートフォリオ全体で見れば、そのギャップはさらに広がる。
マーケットメイカーが見るのは「物語」ではなく「板の厚み」だ。2026年2月にはWintermuteが機関投資家向けのトークン化ゴールドOTCデスクを立ち上げ、同時期にFalconXが初のPAXGデリバティブ取引を執行した。インフラとしては大きな前進だが、それでもなお、この分野がドル建てステーブルコインとは成熟度で大きく水をあけられている現実を浮き彫りにするだけでもある。USDTやUSDCは、複数取引所にまたがり、スプレッドはサブベーシスポイント、厚い板が24時間途切れない。
流動性は自己強化的に積み上がる。
板が厚い市場にはマーケットメイカーが集まり、スプレッドが縮み、さらにフローが増える。ドル建てステーブルコインは、その「閾値」を何年も前に突破した。ゴールドトークンは、まだそこに到達していない。
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「コンポーザビリティ」の断層──金はDeFiのネイティブ資産ではない
ドル建てステーブルコインは、DeFi(分散型金融)の配管そのものだ。Aave V3(イーサリアム版)だけを見ても、USDTの供給量は71.3億ドル、そのうち58.5億ドルが借り入れに回っている。USDCもそれぞれ61.3億ドルと48.7億ドルと、同規模だ。
現在のDeFi全体のTVL(預け入れ総額)は約1,200億ドル。その過半をステーブルコインが占める。
USDT・USDCは、Uniswapではクォート通貨として、Aaveでは担保資産として、MakerDAO/SkyではPSMの入力として、Polymarketでは決済通貨として、そしてBlackRockの29.8億ドル規模のトークナイズドT-Billファンド「BUIDL」の原資産として機能している。
対して、トークン化ゴールドはその外縁に置かれている。
PAXGのAave V3統合は、2026年第2四半期の時点で依然としてガバナンス投票のプロセス中だ。2月に「テンプレチャーチェック(予備投票)」は通過したものの、本投票はまだオンチェーンで確定していない。PAXGはCurve、Uniswap、Balancerのプールに流動性がある一方、XAUTはBitMEXでデリバティブの証拠金に採用され、さらにLayerZero経由でTONやConflux上のオムニチェーン資産として展開された。2026年第1四半期には、XAUTのDeFi向けデプロイ残高が小さなベースから127%増加している。
オラクル層も、この非対称性を補強している。
ChainlinkはPAXG/USDの公式フィードをEthereum、Polygon、BNB Chain上に持ち、XAUT/USDフィードはHyperliquid用に提供している。だがドル建てステーブルコインの価格フィードは、主要チェーンのほぼすべてに冗長構成で張り巡らされ、機関投資家向けSLAも整備済みだ。
- Aave・Compound上場: USDC/USDTは主力担保、PAXG/XAUTは審議中か未上場
- 無期限先物DEXの証拠金: デフォルトはステーブルコイン、ゴールドトークンの比重はごく小さい
- オラクルカバレッジ: ドル建てはマルチチェーンかつ冗長、ゴールドは限定的
- AMM流動性: ステーブルコインプールは数十億ドル規模、ゴールドプールは数千万ドル規模
ドル建てステーブルコインが「マネーレゴ」と呼ばれるのは、開発者がそれをユニット・オブ・アカウント(価値尺度)として扱っているからだ。流動性プール、レンディング市場、パーペチュアルの金利(ファンディングレート)、イールド戦略──そのほとんどがUSDCかUSDT建てで設計されている。
PAXGやXAUTは、「トランザクションの組み合わせ最適化」を目指すシステムの中に置かれた、静的な価値保蔵資産にすぎない。オンチェーンで「存在」することはできるが、オンチェーンで「複利成長」する設計には組み込まれていない。
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ネットワーク効果──「勝者総取り」が起きる理由
お金とは、究極的には「協調ゲーム」だ。最も優れた単位ではなく、最も多くの人が同じ単位を使うと合意したときに、その単位が機能する。USDTが数々の疑念や論争にもかかわらず、暗号資産市場の事実上の決済レイヤーとなったのはそのためだ。
テザーは自社ユーザー数を5.3億人超と主張し、全チェーン合算の月間アクティブなステーブルコインユーザーは、2025年初には約4,700万人に達した。
ネットワーク効果の非対称性は、あらゆるインテグレーションに表れている。Visaは2025年12月16日、米国内でUSDC決済をローンチし、Solana上で年率ベース35億ドル規模の決済を処理している。MastercardはCircleと提携し、USDC/EURC決済をEMEA全域で扱う「Multi-Token Network」を立ち上げた。
Stripeはステーブルコイン決済レールを組み込むため、Bridgeを11億ドルで買収。JPモルガンはEthereum上でトークナイズドMMF「MONY」をローンチした。真剣に決済インフラを構築しているプレーヤーで、決済プリミティブとしてコモディティトークンを選んだ企業はほぼない。選択されているのは、例外なくドル建てステーブルコインだ。
スイッチングコストも優位性を増幅させる。
USDTを保有するトレーダーは、バイナンス、Bybit、OKX、Uniswap、Hyperliquid、さらには決済カードまで、シームレスに資金を移せる。ここからXAUTに乗り換えるというのは、薄い板、少ない取引ペア、脆弱なオラクル、そしてどの市場でもクォート通貨として機能していない資産をあえて選ぶ、という意味になる。
ネットワーク効果の本質は「USDTが優れているから」ではなく、「USDTがどこにでもあるから」だ。
これは通貨制度の世界で繰り返されてきた、「標準通貨は勝者総取りになりやすい」という古典的な力学だ。20世紀のアナログ世界ではドルがそれを制した。21世紀のデジタル版でも、今のところ勝ちつつあるのはゴールドではなく、トークン化されたドルだ。金の価値が低いからではない。多くの単位が分散して使われるより、ひとつの単位に利用が集中する方が、協調ゲームとしては圧倒的に有利だからだ。
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実需の現実──金連動ステーブルコインが「本当に」使われている場所
トークン化ゴールドは失敗しているわけではない。単に、戦っている土俵が違う。
最もはっきりとした需要は、「長期の資産保全」と「ブロックチェーンネイティブな可搬性」の組み合わせだ。新興国の富裕層は、PAXGやXAUTを使い、ETFのように特定司法管轄に縛られずに、主権から独立した資産に貯蓄を移している。
トークンは国境を24時間365日またぎ、数分で決済でき、カストディは証券口座ではなく、自分のウォレットにある。
資本規制が厳しい、あるいは通貨安が進む国の投資家にとって、この組み合わせは他に代えがたい。
2026年第1四半期には、新たなトークン化ゴールド保有者が約4万4,500人純増し、セクター史上最大の四半期増加となった。この数字は、時価総額よりもはるかに雄弁に、ユーザーの意図を物語っている。
第2のユースケースは、プライベートバンキングとOTC市場だ。Wintermuteの2026年2月の機関投資家向けトークン化ゴールドデスクは、ファミリーオフィス、暗号資産トレジャリー、新興国のプライベートバンクなど、「オンチェーン決済で割当済み金のエクスポージャーを取りたい」クライアントを対象にしている。B2C2もPAXGの24時間スポットとCFDを提供開始した。
いずれもリテール向け商品ではない。
既にゴールドを取引しているプロ投資家が、決済レールの高速化を求めて選ぶインスツルメントだ。第3のユースケースは、トークン化コモディティファイナンスである。PAXGやXAUTを物理的な金を裏付けとするオンチェーン担保として用い、融資やコモディティ産出国の貿易金融の決済に活用する、といった構想だ。
もっとも、この領域の採用はまだ初期段階にすぎず、機関投資家のRWA(現実資産トークン化)への関心は、金利を生むドル建て商品──特にトークン化T-Bill──へと向かいつつある。
要するに、トークン化ゴールドが占めるのは「正当なニッチ」だ。ただし、それはDeFiのインセンティブ構造が最も強く報いるニッチではない、というだけである。
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地政学と制裁──「ブレイクアウト」のシナリオはあるか
トークン化ゴールドに本格的なブレイクアウトの余地があるとすれば、それは地政学を経由したシナリオだ。2022〜2024年に中央銀行による金購入が累計2,945トンに達した背景には、制裁リスク、準備通貨の分断、ドルへの不信といった要因がある。同じ力学は、西側金融インフラの外に決済資産を求めるニーズを生み、ブロックチェーンはその受け皿として自然な候補になる。
BRICSブロックは、すでにその構想に触れている。
国際高等システム研究所は2025年10月、「Unit」と呼ばれる決済用バスケット資産のパイロットを開始した。構成比は金40%、BRICS通貨60%で、11月にはCardano上のプロトタイプも発表されている。
もっとも、このパイロットの規模やBRICSとしての正式な後ろ盾は依然として不透明であり、インドは2025年初に「ドル代替通貨」構想から距離を置く姿勢を公にしている。それでも、重要なのは「向いている方向」だ。ゴールドが「プログラム可能で政治的に中立な担保」として真剣に議論されるのは、ブレトンウッズ以来と言っていい。
とはいえ、最後まで残るボトルネックがカストディだ。
PAXGやXAUTは、究極的にはその裏付けとなる金地金が保管されているヴォールトの「制裁耐性」に依存する。ロンドンやチューリヒは、典型的な西側金融法制の枠内にある。
制裁対象となった主体が、こうした倉庫から有意味に償還することはできない。ロシアの事業体がXAUTを保有しても、それはスイス保管の金地金を持っている場合と同じ制約に直面する。
ブロックチェーンは、ユーザーが逃れようとしている政治システムの内部にカストディがある限り、金を「脱政治化」しない。本当の意味での地政学的ブレイクアウトには、新たな保管場所の選択が前提になる。ドバイ、シンガポール、香港、上海はいずれも独自のゴールド市場を持つ。規制調整と発行主体の意志さえあれば、そこでトークン化プロダクトを立ち上げることを妨げるものはない。
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ETF 対 トークン化ゴールド:真のライバルはどこか
トークン化ゴールドにとっての本当の競合相手はビットコインではない。SPDR ゴールド・シェアーズだ。
世界の金 ETF 残高は、2025 年末時点で 4,025 トン、運用資産残高(AUM)は 5,590 億ドルに達した。年間の純流入額は 890 億ドルと過去最大で、2026 年 1 月単月でも 187 億ドル流入という記録的な伸びを示した。世界の金 ETF 残高はこちら
代表的な SPDR ゴールド・シェアーズ(GLD)の AUM は約 1,550〜1,770 億ドルで、信託報酬は 0.40%。ブラックロックの iShares Gold Trust(IAU)は約 740〜840 億ドルで 0.25%、SPDR の低コスト版 GLDM は 0.10%だ。一方、トークン化ゴールド全体の時価総額は、世界の金 ETF AUM の 1%にも満たない。
機関投資家にとって本質的な比較軸は、「PAXG 対 GLD」というイデオロギー論争ではない。規制の明確さ、決済インフラ、流動性、執行コスト、税制、カストディの分散度合い、保険 ― こうした運用実務のスコアカードだ。伝統的な資産配分を行う投資家にとっては、ほぼすべての項目で ETF に軍配が上がる。トークン化ゴールドが優位なのは、決済スピード、24 時間取引、1 オンス未満の細かい単位での保有、そしてオンチェーンでのプログラビリティといった点にとどまる。
これらは、クリプトネイティブなユーザー、新興国の個人投資家、自動化されたトレジャリー運用にとっては確かに意味のある強みだ。しかし、金エクスポージャーを求める米国の公的年金や欧州の保険会社にとって、決定打となる優位性ではない。
率直に言えば、トークン化ゴールドは機関投資家向けにはトラディショナル・ファイナンス(TradFi)の ETF の効率性に劣り、DeFi の世界ではドル連動ステーブルコインの「コンポーザビリティ(組み合わせやすさ)」に劣っている。2 つの巨大な流通チャネルの「あいだ」の狭い隙間に居場所を見つけているに過ぎない。
その隙間自体は確実に広がっている。2026 年第 1 四半期のトークン化ゴールドの取引高は 820 億ドルに達し、急拡大が確認されている。しかし、ETF 投資家がオンチェーンに移行しようとしないこと、DeFi 資本がドル建てエコシステムから離れようとしないことから、構造的な上限が存在する。
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結論:制約しているのは需要ではなく「設計」
トークン化ゴールドをドル建てステーブルコインの競合とみなすことをやめ、「実物金に対するオンチェーンのベアラー型ラッパー」として捉え直せば、このパラドックスは溶ける。
トークン化ゴールドは、伝統金融と同じ前提 ― 実物金を保管する金庫、監査人、法域ごとの法制度、現物償還のロジスティクスといった要素 ― を継承したまま、「それとは真逆の性質を持つ」システムである暗号資産市場の内部で競争している。ドル連動ステーブルコインが成功したのは、ドルという通貨自体が安価にスケールしやすく、監査が継続的に行われ、流動性が自己強化的に積み上がり、あらゆる DeFi プロトコルの「デフォルト言語」がドルになったからだ。金は、その性質を維持したままでは、同じスピードでスケールし得ない。
だからと言って、トークン化ゴールドが「失敗した商品」というわけではない。むしろ、性格として「ニッチな商品」だということだ。
トークン化ゴールドは、特定のユーザー層 ― 新興国の個人貯蓄者、制裁対象国(代替カストディが整備された場合)、ビットコインなどと並べて金も組み入れたいクリプト近接のプライベート・ウェルス ― にとっての資産保全ツールとして機能している。
2026 年第 1 四半期の残高は約 30%成長、四半期取引高は 820 億ドル、PAXG の発行残高は 50 万トークン超というマイルストーンを達成しており、「ニッチ」は急速に拡大している。しかし、その天井は需要ではなく、実物物流とネットワーク効果によって規定されている。
より大きな市場に育てる道筋は、3 つの具体的なアップグレードにかかっている。第 1 に、西側以外の法域へのカストディ分散が進めば、政治的ボトルネックを緩和できる。
第 2 に、プロトコルレベルで強制されるリアルタイムのバー単位の準備金証明が実現すれば、ドル建てステーブルコインとの透明性ギャップを縮められる。第 3 に、Aave などでの担保採用、金建てレンディング市場の整備、オラクルの多重化、デリバティブ市場の厚みづくりといった「ネイティブ DeFi 統合」が進めば、トークンは“ただ保管するだけ”の資産から“経済的に生産性を持つ”資産へと変わる。
いずれも不可能な目標ではない。ただし、発行体、カストディアン、DeFi プロトコル、規制当局といったステークホルダー全体の協調投資が必要だ。それが整うまでは、このレポートの核心にある矛盾は解消しないだろう。すなわち、「金そのものは世界的に存在感を高めている一方で、そのトークン化形態は暗号資産圏では周縁的なままであり、そのギャップ縮小のペースは、現在の相場サイクルに影響を与えるには遅すぎる」という現実だ。
トークン化ゴールドは今後も拡大を続ける。しかし、暗号資産エコシステムにおける「準備資産」の座を奪うことはない。その王座は、少なくとも現時点では、そしてアーキテクチャ上も、ドルに帰属している。
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FAQ
Q. トークン化ゴールドとは何か。
トークン化ゴールドとは、保管庫に預けられた一定量の実物金の所有権を表すブロックチェーン上のトークンである。通常、各トークンは、規制されたカストディアンが保管する allocated(個別割当)・シリアル番号付きの金地金 1 本と 1 対 1 で裏付けられている。代表的な PAXG と XAUT はいずれも、ロンドン・グッドデリバリー規格の純金 1 トロイオンスを示す。
Q. トークン化ゴールドは金 ETF と何が違うのか。
SPDR の GLD などの金 ETF は、証券としてブローカー口座や清算機関を通じて決済される。一方、トークン化ゴールドはパブリック・ブロックチェーン上で 24 時間 365 日移転でき、セルフカストディ・ウォレットで保有することが可能だ。規制の明確性、流動性の厚み、機関投資家のアクセスという点では ETF が優位で、決済スピード、国境をまたぐ可搬性、プログラビリティではトークン化ゴールドが優位となる。
Q. PAXG と XAUT とは何か。どちらが大きいのか。
PAXG は、ニューヨーク州の規制を受ける有限目的信託会社 Paxos Trust Company が発行し、保管金はロンドンの Brink’s の金庫に預託されている。XAUT は、現在エルサルバドルに本拠を構えるテザー子会社 TG Commodities が発行し、金はスイスの保管庫に保管されている。両者でトークン化ゴールド市場の約 96〜97%を占めており、市場規模は 2026 年 2 月時点で約 60 億ドルだった。
Q. トークン化ゴールドは本物の金地金と交換できるのか。
可能だが、ハードルは高い。PAXG、XAUT ともに、ロンドン・グッドデリバリー・バー 1 本の償還には最低 430 トークンが必要であり、2026 年 4 月時点の金価格では約 200 万ドルに相当する。配送先は通常、英国またはスイスの LBMA 認定保管庫に限定される。小口サイズでの現物交換は、サードパーティー経由のみで追加手数料が発生する。
Q. なぜドル建てステーブルコインが暗号資産市場を支配しているのか。
USDT や USDC は、時間とともに自己増殖的なネットワーク効果を獲得してきた。2025 年のステーブルコイン取引高に占める USDT のシェアは 82.3%に達した。ドル建てステーブルコインは、ほぼすべての取引所での基軸通貨であり、DeFi レンディングでのデフォルト担保であり、Visa、Mastercard、Stripe といった決済企業の決済資産としても機能している。金トークンは、この「協調の閾値」に達することがなかった。
Q. トークン化ゴールドの準備金の透明性はどの程度か。
ドル建てステーブルコインほど高頻度ではないが、完全なブラックボックスでもない。PAXG は KPMG による月次アテステーションを公開し、金地金サンプルのデータも開示している。XAUT は BDO Italia による四半期アテステーションを公表しており、初の正式レポートは 2025 年第 1 四半期に発行された。いずれもリアルタイムの連続的な準備金証明には対応していないが、金庫に保管された実物資産を対象とする以上、概念的に完全なリアルタイム証明は困難だ。
Q. トークン化ゴールドは DeFi で利用できるのか。
限定的に利用されている。PAXG は Curve、Uniswap、Balancer の一部プールで採用されており、Aave V3 への担保資産としての上場は 2026 年第 2 四半期時点でガバナンス審議中だった。XAUT は BitMEX で証拠金として利用できるほか、LayerZero 経由で TON や Conflux 上のオムニチェーン資産として展開されている。ただし、DeFi 全体の TVL(ロック総額)約 1,200 億ドルの半分以上を裏付ける USDT や USDC のコンポーザビリティには遠く及ばない。
Q. トークン化ゴールドはインフレやドルリスクに対する安全なヘッジになり得るか。
価格エクスポージャーは実物金と同一であり、金価格は 2025 年に約 64%上昇、2026 年初には 1 オンス 5,500 ドル超の史上最高値を更新している。ただし、投資家はその上に、発行体リスク、カストディアン・リスク、スマートコントラクト・リスクという追加レイヤーを負うことになる。こうした追加リスクを避け、純粋なインフレヘッジを求める投資家にとっては、金 ETF や現物の割当保管が依然として標準的な手段だ。
Q. トークン化ゴールドは BRICS の決済資産になり得るか。
理論的な可能性はあるが、現時点では遠い。BRICS 連動の「Unit」パイロット(構成比 40%が金)は、2025 年末に Cardano 上でプロトタイプがローンチされた。しかし、PAXG と XAUT はともに西側法域の金庫に依存しており、制裁対象国が利用するには制約が大きい。ドバイ、シンガポール、香港、上海などで新たな発行・償還フレームワークが整備される「ブレイクアウト・シナリオ」が必要だが、いずれも現時点で大規模な実装には至っていない。
Q. 現在、誰がトークン化ゴールドを購入しているのか。
主なプレーヤーは 3 つのグループに分かれる。第 1 に、新興国の個人貯蓄者が、自国の銀行システム外で資産を保全する手段として利用している。第 2 に、クリプトネイティブな富裕層が、ビットコインと並ぶ非主権型ストア・オブ・バリューとして組み入れている。第 3 に、Wintermute や FalconX などの機関向け OTC デスクが、ファミリーオフィスやプライベートバンクにオンチェーンの金エクスポージャーを提供している。2026 年第 1 四半期だけで新規保有者は約 4万4,500 人増加し、四半期として過去最大の伸びとなった。
Q. トークン化ゴールドがドル建てステーブルコインを追い抜くことはあるか。
ない。そして、それをベンチマークとすること自体が誤りだ。ドル建てステーブルコインは「トランザクションマネー」として機能し、トークン化ゴールドは「デジタル地金」として機能する。意味のある比較は、ドルステーブルコインではなく「トークン化ゴールド対伝統的な金 ETF」であり、トークン化ゴールドが押さえているのは、5,590 億ドル規模の ETF 市場の 1%未満に過ぎない。成長は確かだが、その上限を決めているのは需要ではなく、実物の物流とカストディ構造だ。

